風呂上がりの肌にドキドキして、直樹の寝顔を盗み見てはときめいて、今までにないくらいの昂揚感に包まれているのを春哉は自覚していた。落ち着きのない性格は今に始まったことではないが、憂鬱なはずの補講で惚けている自分は、危機感に欠け救いようがない。
「どうしちゃったのかなぁ、俺……。」
直樹の顔を思い浮かべて、春哉は深い溜息をつく。
「小塚、それは先生のセリフかなぁ。」
「あ……。」
「問題、解いてるか?」
「解いてませーん。」
赤面したのは、注意されたからではない。頭の中で直樹の笑顔がよみがえって、居た堪れなくなったのだ。
指でくるくる回され、遊ばれるだけだったシャープペンシルを握り直す。問題を見てみると、幸運なことに昨夜直樹と復習したところだった。直樹は賢いだけでなく教え方も上手い。春哉がちゃんと理解したかどうか、顔色を窺ってくる細やかさも、竜崎とは違う。竜崎に言ったら、小言の一つでも食らいそうな言い分ではあるが。
「やったぁー!」
「小塚、解けたか?」
「解けたぁー!!」
「じゃあ、前出て書いてもらおうか。」
補講に同席している生徒は、自分を含めて三人。つまり補講と追試になるほど点数が取れないのはたったそれだけだ。他の二人と英語教師から見守られて黒板にチョークで単語を穴埋めしていく。授業中、指名されて答えられた経験がほとんどないので、解答しながら春哉は感嘆の声を上げた。
「珍しいな、小塚。」
「でしょー?」
「いつもその調子だと、先生は非常に助かるんだがな。」
「昨日、たまたま勉強した!」
「たまたまじゃなくて、毎日地道にやってくれ。」
「はーい。」
背後から直樹に見られているというのは思いがけない非日常で、眠気は吹っ飛んだ。毎日やってほしいとお願いしたら、直樹は嫌な顔をせず快く頷いてくれたから、少しばかり調子に乗っている。
「やりたい事がハッキリしてないと頑張るのが難しいのはわかるんだがな。でも、いざ、って時に後悔しないで済むように、今やれる事を精一杯やっておけよ。授業でやる勉強だけじゃなくて、ここでやってみたい事、全部だ。」
「やってみたい事、か……。」
言われてすぐ脳裏に浮かんだ直樹の顔に、春哉はふわりと心を温かくする。竜崎と同室の時も楽しかったけれど、彼の目線の先には常に柳がいて独り占めとは程遠かった。何色にも染まっていない直樹を、自分だけのものにしたいという気持ちが、出逢ってからより強くなってしまったことを認めないわけにはいかない。
抱く気持ちの正体もわからないまま、欲求に従って突き進んで良いものかどうか、春哉は一瞬迷う。けれど、折角後押ししてもらったことだし、望むままに進んでみて、行き詰ったら、その時考えればいいかと意気込んだ。
「先生、頑張ってみる!」
「お、やる気になったか。まずは今週末の追試だな。」
「えぇー……。」
「小塚、言った矢先から、それか。」
先生が頑張ってほしいのは、やはり勉強の方がメインらしい。溜息をついた春哉たちだったが、そんな春哉たちを見て、さらに力なく肩を落としたのは先生の方だった。
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朝霧とおる