頑張るから見捨てないでと必死な形相で懇願され、直樹は何の事かと首を傾げる。そして二人の部屋へ戻るなり、真面目腐った顔をして机に向かい始めたので、クラス分けが望むような結果ではなかったのだろうなと合点がいった。
春哉のやる気を削いではいけないと、直樹は静かにシャワー室へ退散する。しかしシャワーを浴び髪を十分に乾かして浴室を出てみると、春哉は早速うつらうつらと舟を漕いでいた。その姿を見て、直樹はつい笑ってしまう。
「春哉さん」
「ん……んんッ?」
「目、閉じてますよ。」
「ッ!?」
くぐもった生返事を寄越してきたので、少し声を張って寝ていることを指摘すると、春哉は自身の陥っている状況に気付いたのか、落ちかけていた頭を勢いよく上げて直樹の方へと振り返る。
「あー……。」
「進まないですか?」
「寝ちゃうー……。数字見てるだけで眠くなっちゃうよぉー。」
机に着いた時の意気込みはどこへやら。泣き言を吐き始めた春哉の気まぐれさが新鮮で再び笑う。
「……呆れる?」
縋るような眼差しと服の裾を掴んでくる手が、何だか愛おしい。誰かをそんな風に思う事自体が直樹には珍しくて、温かい気持ちが心のタンクに満ちていくようだ。
「お風呂入ってスッキリしたら、いいかもしれませんよ?」
「俺ね、お風呂入ったらストレッチして寝る、って身体が覚えてるから、それはダメなの。」
どこまでも正直なので、直樹はなんとか春哉の力になりたいと思い始める。
「じゃあ……こうやって、すぐそばで見張ってましょうか?」
「ッ!!」
椅子を引いて、春哉のすぐ背後に陣取って座る。驚いたように一瞬目を見開いた春哉だったが、急に顔を赤く染め始めたので、直樹は内心首を傾げる。
「ドキドキして落ち着かない……。」
「緊張しちゃいます?」
あんな高いバーを躊躇うことなく飛んでいく彼が、たかだか直樹の視線を気にして緊張するというのが意外に思えた。しかしそれこそ寝ないためには好都合だろうと、机を向くように春哉を促してみる。
「ナオは何してるの?」
「俺は英語の予習してます。」
「じゃ、じゃあ……俺も、英語やろうかな!」
落ち着かない様子で積み上げた中から教科書やら問題集を引っ張り出す。昨夜は器用に抜き取っていた春哉だったが、今宵は大仰な音を立てて山を崩してしまった。
「うわぁッ、あー……。」
「勉強する前に、少し片付けません?」
「……うん。」
すっかり覇気を失った春哉の顔を、心配になって覗き込む。目が合うと春哉は耳まで赤く染めたが、何故だかジッと見つめ返してきた。
「春哉さん?」
「ちゃんとした先輩じゃなくて、ガッカリ?」
「そんな事、思ってないですよ。春哉さん、のびのびしてるから一緒にいるとホッとします。」
「ホント?」
床に散らばってしまったものを拾う手を止め、春哉が念を押すように確かめてくる。
「ホントですよ。家にいた時より、ずっと楽しい。」
本心からの言葉だった。自分に課していたものを乗り越えてもハードルは上がり続けて、自分を苦しめるだけだったから。弱音を吐いたり、砂まみれになってはしゃいだり、そういう自分を無条件に許してもらえる安心感が、春哉と過ごす時間にはある。ここでは子どもである事を誰も咎めたりしない。
微笑み返すと納得したのか、春哉の顔が華やぐ。そして少し照れたように机へ向き直った。
それからすぐに、直樹は間違えだらけの音読に付き合わされ頭を抱える羽目になる。しかし春哉に苦戦させられる夜さえも、直樹にとっては新鮮で楽しい時間だった。
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朝霧とおる