単なる思い付きだろうけど、際どい提案をしてくれたものだと、春哉が捨て置いていった言葉に内心頭を抱える。
「あのさ、春哉の言ったことは気にしなくていいから。」
「行くよ。あの子に任せるの、心配。」
「……。」
春哉が保健室から颯爽と逃げ去った後、光は隆一の手を借りながら亀の歩みで階段を降りていた。春哉を前にして殺気立っているように思えた隆一は、またいつもの彼に戻っている。自由気ままで奔放な春哉の振る舞いに気を悪くしたのではないかと心配だったが、隆一に直接聞けるような雰囲気でもない。半ば諦めるようにして春哉の言動を許しているのは自分だから、同室の先輩として同罪だ。
「大袈裟なんだよ、コレ。」
「そんな事ないよ。結構腫れてたよ?」
「いくらなんでも巻き過ぎだろ。全然動かせない。」
「動かすと悪化するから固定してるんだよ。」
俯いてばかりいるのは足元が気に掛かるからというより、どちらかというと隆一の顔が近くにあることを意識しないためだった。
緊張で鼓動が早く鳴っていることに気付かれたくない。しかし密着した身体から隆一の体温を感じてしまって、手すりを掴む手は汗ばんでいた。
コートの中で体勢を崩したのは、隆一が光の手からボールを奪おうと手を伸ばしてきた時だった。目に飛び込んできたのは彼のうなじ。白い肌につい目を奪われて、一瞬判断が鈍ったのだ。意識と身体はちぐはぐに動いて、自分の足に足を取られて捻るという滑稽な事をしてしまった。恥ずかしいやら情けないやら、正直な話は誰にもできそうにない。
「付き合わせて、悪い……。」
「もう謝るのはナシ。」
「……。」
大きくも小さくもない隆一の声がぴしゃりと言い放つ。口角が品よく上がり微笑まれてしまうと、もう何も言い返すことはできない。
「今日の晩飯、メニュー何だっけ。」
「ご飯?」
「おう。」
隆一の横顔を盗み見ると、突然の話題転換に目を見開いたが、すぐ澄まし顔に戻って考え始める。
「鶏の竜田揚げとほうれん草の胡麻和えと……」
「その中で何が好き?」
「ほうれん草かな。なんで?」
「変わってるな。肉じゃないのか。」
「俺、脂っこい物、好きじゃないんだ。」
言われてみれば、隆一は肉付きがいいとは言い難いく、むしろ身体の線が細い。
今日のお詫びと気まずさを払拭するための引き換えに、メインのおかずでも分けようかと思ったのだが、光の思惑は外れてしまった。ほうれん草が好きだと知ったら、春哉は泣いて喜ぶだろう。彼は青物の野菜が大嫌いなのだ。
無意識のうちに溜息をつくと、視線を感じて慌てて顔を上げる。
「あ、や……春哉のやつ、ホント手が掛かるからさ……。」
苦笑いで言い訳をすると、急に隆一がつまらなそうに顔を背けた。
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朝霧とおる