隆一の怒りが鎮火してくれたことにホッとしてベッドに腰掛ける。
「ッ……。」
「ムリして歩くからだよ。」
強引に歩き回った所為で、捻った左足の痛みがぶり返していた。呆れたように怪我した足を眺める隆一に、光は苦笑いをすることしかできない。必死になると恰好がつかないけれど、だからといって後悔の念は欠片もない。
「なぁ、俺のこと好き?」
「ッ……わかってるのに、いちいち言う必要ある?」
「言わせたいんだって。」
「……。」
確信していても、直接言葉にしてもらうことに価値がある。隆一の口からこぼれる言葉は、悪態だって嬉しいのだ。
「黙るなよ。」
「しつこい。」
はっきり言葉にすると撤回ができない。だから怖いのだ。その気持ちを責める気持ちは毛頭ないから、隆一が折れてくれる日を待つしかないんだろうけれど。
「じゃあ、いつか言って。」
「……卒業、しても……。」
移り気な気持ちだと警戒されているのは少し悲しい。隆一の信頼を得るには至っていないという証拠だからだ。しかし迫って追い詰めるのは得策ではない。卒業しても彼のもとを離れるつもりがないことを、時間を掛けて証明すればいいだけのことだ。
「大学生になるの、楽しみだよな。」
「え……?」
「隆一は何勉強したいとか決まってる?」
彼が薬学部志望だということは、ちらりと風の噂で知っていたが、本人の口から直接聞いてみたい。将来を語り合いながら、互いに一緒にいる未来を当然のように共有できたら、案外信用してくれる日も遠くないかもしれないから。
「……薬剤師。伯父さんがそうなんだ。」
「へぇ。じゃあ、結構小さい頃から憧れてた?」
「……そうだね。」
苦笑いをして俯く意味を尋ねたかったが、その気持ちを光はグッと堪える。問いただすのは簡単だが、追及し過ぎて隆一から鬱陶しがられるのは本意ではない。
「白衣、すげぇ似合いそう。」
「……どうだろう。」
絶対に似合うだろうし、少し邪な気持ちが脳裏をかすめないわけでもない。
「俺も薬学部にしよっかなぁ。」
「はぁ?」
非難の眼差しを浴びて、慌てて冗談だと笑い飛ばす。
本音を言えば、少しだけ本気だった。同じ進路を選べば、ずっと隆一のそばにいられると幼稚なことを考える自分も確かにいる。泉ノ森で一生を終えたいと思うくらいには充実していて、ここを出た後のことを想像することは難しい。限られた時間だからこそ、かけがえのない宝物として心の中で輝き続けるということを知るのは、もう少し先のことだ。
「俺は工学部。どうせやるなら、でっかく宇宙だな。」
「ロケット?」
「ロケットじゃなくてさ。ほら、宇宙エレベータ作る計画とか、どっかの建設会社が発表してたじゃん。」
「あぁ。なんかのニュースで見たことあったかも……。」
「皆で行きたいんだよなぁ。」
折角なら隆一を一番最初に宇宙へ連れ出してみたい。彼がどんな顔を見せてくれるのか、想像しはじめたら楽しみになってきた。澄まし瞳が驚きに変わるのも一興だし、案外涼しい顔のまま変わらない彼を見て肩を落とす自分がいるのかもしれない。
未来の選択肢はたくさんある。けれどこの手で選べる未来は一つだけだ。人生において重要な岐路に立っているはずだけど、今は不安より好奇心の方が勝っていた。
「……光らしいね。」
「そうか?」
「うん。」
突拍子もないことをしようとしたら、きっと隆一が止めてくれるだろうから、わざわざ今から自分の未来にストッパーをかける必要はない。
「あと一年経ったら決まってるんだよね……。」
人生のすべてが決まってしまうかのような隆一の言い方に、彼の弱さを垣間見た気がした。
「決まんねぇよ。」
「……。」
「イヤになったり、失敗したら、変えればいいじゃん。」
「そんな簡単に言うなよ。」
望まない未来への道を、軌道修正することがいかに難しいか。その現実を舐めているわけではない。でも最初から諦めていたら何も変わらないということを日々感じているのも確かだ。
「まずは、おまえに好きって言わせるのが当面の目標だなぁ。」
「ッ……。」
「絶対、卒業までに言わせてみせる。」
「絶対言わないから。」
目が合った瞬間、隆一が照れたように頬を染める。衝動的に奪った隆一の唇が微かに震えた。
いつもご覧いただきまして、ありがとうございます!!
↓ 応援代わりに押していただけたら励みになります!
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N
Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる