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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あまのがわ喫茶室9

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あまのがわ喫茶室9

新緑が力強く芽吹き始めた四月。結弦は入学式を迎えた。

春らしい強い風と小雨が続く中、傘をさして大学までの道を歩く。

父は生憎仕事で来られず、かといって他に呼ぶべき身内もいないので、結弦は一人で大講堂へと向かう。通り過ぎた門では両親や祖父母まで集い写真撮影をする者もいたが、結弦は特に感慨も湧かず、ポツポツと門から大講堂まで続く真っすぐの並木道を進む。涼介は写真くらい撮りに行こうかと申し出てくれたが、春の学生は誰しも忙しい。涼介も例外ではなく、貴重な彼の時間を奪ってしまうのは申し訳ないし、記念に写真を残すことにも興味がなかったので、涼介の申し出は断った。

傘を叩く雨の音が心地良い。片手が塞がってしまい、身動きも取りづらいので、正直なところ傘をさすのはあまり好きではない。しかし緑のトンネルをくぐりながら軽快な音を奏でる雨音に心奪われる。水たまりを見つけたら飛び込んでみたいと思うくらいには、結弦の心を軽やかにしていた。

新緑の並木道を抜け、見上げた時計付きの大講堂は、とても高くて重厚感があり、壁面がレンガ造りの建物だ。受験の時はのんびり見上げたりなどしなかったから、自分は四年間ここへ通うのだなという実感がようやく湧いてくる。

本当は入学式やオリエンテーションなどには参加せず、大学にある図書館や博物館に足を延ばしてみたかった。しかし涼介にそのことを話してみても残念ながら賛同は貰えなかったので、仕方なくスーツを着込んでこの場にいる。

入学式とオリエンテーションを終えたら、ささやかな歓迎パーティーがあるらしい。夕方に解放されるまで、暫しの我慢だなと思いながら、結弦は傘を閉じて大講堂の中へと吸い込まれていった。


 * * *


結弦が所属するのは農学部。高校時代はクラスメイトたちとあまり馴染めなかったが、好きなものが共通していると人間はそれなりに話が弾む生き物らしい。オリエンテーションの時、たまたま隣りに座った飯島という友人を得て、結弦は気分良く帰路につこうとしていた。

草花が好きな自分とは違い、飯島は海洋生物に心を奪われているらしい。東京出身者である彼から都内にあるお薦めの水族館を教えてもらい、早速、涼介と空いている日に出掛けようと思い立つ。涼介はしきりに入学祝いをしたがっていたから、水族館の土産物ショップで図鑑やカタログをプレゼントしてもらうのもいいかもしれない。想像し始めたら名案に思え、結弦の中ではすでに確定事項となっていた。

大学の構内は広く、よく手入れされた花壇は結弦にとって宝箱のような場所だ。まだ頭の重みで崩れ落ちてはいない咲いたばかりのチューリップたちを眺めていたら、いつの間にか結弦の足は止まっていた。時間が経つのも忘れて夢中で見入り、まだ青々とした紫陽花の葉の上でカタツムリを見つけた頃には花壇の脇にしゃがみ込んでいた。

「あ、あっちにもいる。」

雨に濡れたカタツムリはとても生き生きとしている。目をよく凝らすと、大きいものから小さいものまで無数に這っていた。ペット禁止のアパートだが、カタツムリくらいは大丈夫だろうと、一番手前に鎮座しているカタツムリに手を伸ばす。身の危険を感じたらしい彼は慌てて身を引っ込めてしまったが、結弦は悪戯をすることなく両手でそっと包んで立ち上がる。

陽が落ち始めている。涼介の家で夕飯の約束をしていたことを思い出した結弦は、ようやく楽しい寄り道から離脱し、駅までの道を歩き始めた。


 * * *


大抵は笑顔で出迎えてくれる涼介は、玄関で結弦を出迎え、その姿を目に入れた瞬間絶句した。涼介が何故目を見開き驚いたのかがわからず、結弦は涼介を見上げて戸惑う。

「結弦! なんでそんな、ずぶ濡れなんだよッ!?」

「え?」

「え、じゃないだろ? 結弦、傘は? 朝から雨降ってるのに、持って出なかったのか!?」

涼介に指摘されて身体を見下ろすと、スーツは確かに水を吸って重くなっていた。髪からも水が滴り落ちていて冷たい。

「傘・・・。」

両手の右腕にオリエンテーションで配られた書類の山を入れた袋を掛け、反対には今朝持って出た鞄が下げられていた。しかし肝心の掌はカタツムリを捕えるために使われたまま、傘を持っていなかった。途中まで持っていたとは思うのだが、どこかに置いてきてしまったのかもしれない。

「忘れちゃったみたい・・・。」

「どこかに置いてきちゃったのか?」

「たぶん・・・。」

「とにかく、それ脱いで。」

「・・・うん。」

「お風呂入っておいで。」

「うん。」

涼介を怒らせてしまったかもしれないと思い、恐る恐る見上げる。呆れたような瞳とぶつかり、不安になる。

「涼介・・・怒ってる?」

温厚な幼馴染を怒らせて、夕飯が葬式のように暗い時間になってしまったら困る。

「・・・怒ってないよ。ほら、早く。身体冷えちゃう。」

ただ結弦を心配する言葉を言うだけだった彼に安心して、結弦はようやく部屋へ上がる。

手に持っているカタツムリを思い出し、涼介に見せると、その場しのぎのジャムの空き瓶を差し出してくれた。

バスルームに押し込まれ、もたもたと肌に張り付いたシャツを脱いでいると、涼介が着替えを持ってきてくれる。

「ちゃんとシャワー浴びて、身体あっためておいで。」

「うん。」

「スーツは明日、クリーニングに出すんだよ。」

「うん。」

何かに心奪われると、どうしても他の事に意識がまわらなくなる。そういえば、すれ違う人がジロジロと結弦のこと見ていたかもしれない。電車の中でも視線を感じていた。てっきり似合わないスーツ姿を嘲笑する視線かと思っていたが、ずぶ濡れの結弦を訝しむ目だったのだろう。確かに朝から雨の今日、傘も持たずにずぶ濡れの人間を見たら、どう考えても変に思う。

入学早々、風邪を引いてしまったら、楽しみにしている図書館や博物館にも行けなくなる。それは嫌だなと肩を落とし、誘惑の多過ぎる構内に気を付けようと心に刻む。

シャワーの湯を全身に浴びると自然と溜息がこぼれる。自分の身体は相当冷えていたらしい。結弦は湯の温かさにホッとして、強張った身体から力を抜いた。









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