忍者ブログ

とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あまのがわ喫茶室7

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

あまのがわ喫茶室7

引っ越しの朝。父と一緒に朝食を済ませ、くれぐれも涼介に迷惑をかけないようにと念を押されて送り出される。父は滅多に小言を言う人ではないため、よほど自分は涼介に迷惑をかけているように見えるのだろう。しかしイマイチ実感もないため、父には首を傾げて答えたが、父は溜息をつきつつもそれ以上小言を繰り出すことはせず、体調のことを気にかけてくれただけだった。

結弦は真面目な父のことがとても好きだ。仕事で忙しくしながらも、母がいないことに寂しさを感じさせたりするようなことはなかった。口数が少なく、あまり愛想が良いとは言えない自分。自分で言うのもなんだが、あまり可愛らしい子どもとは言えなかったと思う。しかし父はいつも気にかけてくれていたし、涼介と仲良く帰りを待つことを嬉しそうにしてくれた。

いつかこの家を出ていく日はやってくるけれども、今日がその日だという実感はなかなか湧いてこない。強烈な寂しさはなくとも、何か大切なものを置き去りにしてしまうのではないかという微かな不安だけがある。しかし父にそのことを告げると驚いたような顔をし、おまえは優しい子になったね、とだけ言われた。

引っ越し屋に段ボールを五箱預けて家を後にしたが、そのうち四箱は小さい頃からこつこつ集めた書籍だ。段ボールに詰めたところまでは良かったものの、引っ越し屋の筋肉質な青年ですら重過ぎて二人がかりで運んでいた。少し申し訳ないことをしたと思い、今度引っ越しをする機会があったら、小さな段ボールに小分けにして荷造りをしようと心に決めた。

引っ越し屋には暫しの別れを告げて、電車で涼介の待つ新居へと向かう。流れていく車窓を立ったまま眺めていると、どうにも物悲しくなってきた。涼介も家を出る時はこんな風に思っただろうか。それとも新生活に胸を躍らせて、結弦や彼の肉親のことは忘れていただろうか。

気持ちを共有したくて、涼介に寂しくなったことを訴えるべくメッセージを送る。すると、もうホームシックになったのかと、揶揄いつつも結弦を心配する返信を寄越してきた。


 * * *


長身で顔の整った年上の幼馴染はとにかく人目を惹く。目立つから人混みでもその姿を容易に見つけることができる。

駅の改札口を出て見渡すと、一つ頭の飛び出した涼介を見つけて、結弦はそこを目指して焦ることなく歩みを進める。彼も途中で結弦の姿に気付き、結弦に微笑みかけながら迎えてくれた。

「結弦、ようこそ。」

見上げてホッとしたのは、先日の剣呑とした雰囲気が欠片もなかったからだ。やはりこの前は疲れていたのだろう。優しいこの幼馴染も人間だからイライラする日くらいきっとあるのだ。

「荷物が届く前に掃除をしようか。」

「うん。」

「それと、コレはお昼ご飯。」

手に提げたビニル袋を見せて、涼介が微笑む。片付けに奔走するための結弦を気遣って、買ってくれたのだろう。

「出来合いのお弁当だけど、後で食べよう?」

「うん。」

涼介は言葉の足りない結弦と話す時も、顔を顰めたりしない。大抵の人は結弦と意思の疎通を図ることを途中で諦めてしまう。そのこと自体に結弦自身は不都合を感じたりはしないが、周りは大変らしい。高校時代まではクラスで浮くことも多かった。

「はい。預かってた鍵。」

失くすといけないからと、引っ越しをする今日まで涼介に鍵を預けておいたのだ。

「大家さんが代わりに受け取ってくれたから、家電とかベッドはもう届いてるよ。さっき見てきたら、掃除機も届いてた。」

「あと一時間くらいで引っ越し屋さん来るかも。」

時計に目をやると到着予定時刻を一時間切っていた。

「じゃあ、急がないとね。掃除終わって、荷物受け取ったらご飯食べよう。」

「うん。」

涼介はあらゆることに先手を打って立ち回ってくれるから、彼のそばにいて困ったためしがない。だからこそ余計に危機感が湧かなくて、自分でやらなくなったとも言える。できないことを人の所為にするのは良くないが、この事に関してだけは、そうとしか言いようがない。突っ立っているだけで、気が付けば完了しているから、この二年、涼介の不在を何度も実感させられることとなった。

「涼介」

「うん?」

「履歴書持ってきたよ。」

「ありがとう。天野さん、雇う気満々だから、緊張しなくて大丈夫だよ。とってもいい人だから、きっと結弦も好きになる。」

「うん。」

涼介がそう言うなら、そうなんだろう。涼介は昔から結弦の好き嫌いに関して、本人以上に敏感に察知するから、まだ会ってもいない天野という人物にすでに好感を抱く。初めてのアルバイトという響きに構えていたけれど、涼介の言葉で自然と不安はなくなった。

駅のすぐそばにあるアパートの階段を上がって、鍵を開けて中へ入る。整然と家電と家具が配置され、人の住まう気配がしない。実家にいてもここにいても、一人であるという事実はあまり変わらないように思う。しかし人がその場にいなかったとしても、出入りする痕跡があるだけで安心を与えてくれるものなのだと今気付いた。

実家で一人こもっていても、父が帰ってくるという確信と、そこかしこに残る人の気配があるだけで心強い。涼介が隣りに暮らしている時はなお強く温かみを感じたものだ。

やっぱり寂しいな、と部屋の真ん中で呆然と立ち尽くしていると、心配そうに涼介が顔を覗き込んでくる。

「どうした? 部屋があんまり気に入らない?」

「ううん。綺麗だと思う。日当たりも良いし。」

「一人が寂しくなっちゃった?」

「うん。」

途方に暮れて涼介を見上げて縋ってみるものの、涼介は小さく微笑みながら、そのうち慣れるよと言うだけだった。









いつもありがとうございます!!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N


Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる
PR

コメント

プロフィール

HN:
朝霧とおる
性別:
非公開

P R

フリーエリア