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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あまのがわ喫茶室6

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あまのがわ喫茶室6

結弦自身がバイトをしたがるとは思っておらず、思わぬ僥倖に浮かれる。一緒の職場なら、それだけ同じ時間を共有できる。

早速天野に話を持っていくと、快く結弦の件を引き受けてくれた。

あまのがわ喫茶室はこの地域でなかなかの繁盛店だ。開店から閉店まで人が途切れることがない。早くに妻を病気で亡くして一人で切り盛りしていた天野はいつも人手を欲しがっていたし、涼介も元々は常連客として通ううちに天野から誘われて働くことになったという経緯があった。

「今度紹介する時、履歴書持ってこさせますね。」

「うん、よろしく頼むよ。加賀くんの紹介なら嬉しいね。君はとても真面目だから。」

天野はちゃんと人柄を見てくれる人だ。涼介はこの人のそういうところをとても心地良く思っていたし、救われることも多くあった。大学の人間関係でささくれ立っている時も、彼の言葉に助けられることがよくある。見た目ばかりで評価されがちな自分にとって、天野という存在はそれなりに大きな意味があった。この店の居心地の良さは、半分以上が天野の人柄だと涼介は思っている。

結弦に向ける好きだという気持ちは、決して綺麗事ばかりではない。とても生々しく欲望を抱くこともあるし、せつなくて胸が苦しくなることもある。電話越しに頷くことしかない口数の少ない彼すら愛おしく思い、昨夜電話を切った後はしばらく複雑な胸中に揺れていた。

どうしようもなく結弦のことを掻き抱きたくなった時、涼介にとってここは駆け込み寺のような心の拠り所なのだ。

今日から大学は春休みだった。しかし涼介は変わりなく大学の図書館へ通い詰めて、午前中は勉学に勤しんでいる。父は至って普通のサラリーマン。安くはない学費を工面し、一人暮らしまで許してくれている。バイトをするようになってから、生活費だけはなんとか賄えるようになったが、養われていることには変わりない。学生の本分を忘れてフラフラと遊びまわるような親不孝をしたくはなかった。

あまのがわ喫茶室でバイトをしていることは、学友たちにも言っていない。場所を伝えれば幾人かは顔を出しにやってくるだろう。この癒しの空間を壊されたくない一心で、涼介は父以外には場所を告げていなかった。

入店してきたよく見かけるサラリーマンのところへ水を持っていく。アールグレイをオーダーされてカウンターへ下がると、天野が目配せをしてきた。

「もうすぐ先輩になるから、今日は加賀くんが淹れてみて。」

「はい。」

先輩という響きが妙にくすぐったい。天野と小さく笑い合って、茶葉の入った密閉性の高い缶を棚から取り出す。店内が混雑して忙しい時に淹れる紅茶と、天野の視線を浴びながら淹れる紅茶は違う。天野は言動に激しさはないものの、茶葉を見つめる目だけは真剣そのものだ。その視線に射抜かれると、どうしたって緊張感は増す。

「加賀くんも随分慣れたよね。」

お湯を注ぎいれるまでこちらを凝視していた天野がふと笑みをこぼす。そのことに幾分安堵をおぼえながらタイマーをセットし、天野の真似事で茶葉から目を離さず食い入るように見つめ続ける。

「幼馴染の彼は、どんな子?」

「人見知りをするわけではないんですけど、ちょっと変わってるというか。素直で真面目なんですけど、ズレてるんです。一度決めたら頑固なので、融通もきかなくて。接客が向いているとはお世辞にも言えそうになくて、若干心配です。」

「むしろ面白そうでいいじゃない。人と違うことを自分の信念で通せる、っていうのは勇気と度胸がある証拠だからね。」

天野はむしろ会うのが楽しみだとこぼす。きっと彼なら結弦のことも難なく受け入れてくれそうだという確信が湧いてくる。普段から彼が見せてくれる懐の深さと広さに、涼介自身が信頼を寄せているからに他ならない。

「引っ越し当日に来るなら、片付けで大変だよね。面接ついでに夕飯はここで食べていくかい?」

「お言葉に甘えてもいいですか?」

「もちろん。僕も一人で食べるより三人の方が嬉しい。」

「口数が少ないやつなんで、賑やかにはならないと思いますけど。」

「若い子がその場に二人いるだけでも華やぐものなんだよ。」

「そんなものですか?」

天野がいつも通りの穏やかな笑みのまましきりに頷くので、涼介もそんなものかという気になってくる。

アラームがカウンターに鳴り響き、可愛らしいリンゴのフォルムをしたタイマーを止める。このタイマーは天野の奥さんが愛用していたものらしい。

「うん、いい色だ。」

満足そうな天野の声に促され、茶葉を必要以上に刺激して渋みを出さないようにそっと引き上げる。オーダーを入れてくれたサラリーマンのもとへ我が子を送り出したところで再び客を迎え、この日は忙しなく接客を繰り返しながら時間が過ぎていった。










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