結弦のことだから、深く考えもせず会いたい衝動のまま会いに来たのだろう。
もちろん会いたかった。今すぐにでも会いたいと思っていたが、不意打ちにもほどがある。好きなやつが泊めてくれと言って転がり込んで来たら、それこそ耐えがたい衝動と戦わねばならない。涼介の忍耐力をなんだと思っているのだこいつは。
不満げな顔でバスルームへ消えた幼馴染を見送り、涼介はベッドへ腰を下ろして盛大に溜息をつく。襲ってしまいたい劣情をなんとか年上の矜持で封じ込めて、少し冷たく当たったことを反省する。結弦は涼介から強く拒絶された経験がないから、さぞかし納得がいっていないのだろう。
しかし涼介には二年前と今では圧倒的な変化があった。
幼馴染の延長線上にあった二年前までは、離れることこそ怖かった。独り占めしたくて、囲っておきたくて、そうすることで自分の欲望と上手く付き合っていたようなところがある。
今はというと、離れてしまった二年という歳月が、涼介を一人の男として確立させ、結弦を幼馴染としてではなく恋する相手へとはっきり変えた。そばにいるということそのものが自分の劣情を煽ってしまうし、肌が触れ合える距離ならより一層先を望む気持ちが強くなるだろう。
兄のように慕われる関係を壊したくない。尊敬のまなざしで見続けてほしい。結弦の瞳が戸惑いで染まり、軽蔑の色へと変わるさまを絶対に見たくはなかった。今の自分には到底それを受け入れられるだけの覚悟がない。
洗濯物を片付けたり、明日の準備をして、なんとか涼介は気を紛らわせようと試みたが、あまり上手くはいかなかった。むしろそわそわと落ち着きない自分をはっきりと自覚して、この夜をどう乗り切ろうかと悩みが大きくなっていく一方だ。
バスルームからシャワーの音がしなくなり、ガチャッとドアの開く音がする。しばらく静かにゴソゴソと動く音がしていたが、ふらりと狭い部屋に戻ってきた結弦はタオルで髪を拭きながら隠す様子もなく素っ裸で現れる。
涼介は眩暈を通り越して世界が暗転しそうなほどに動揺し、とにかく結弦から視線を逸らすことで倒れることだけは免れた。
「涼介。服、貸して。」
涼介はぎこちなく頷いて、結弦に背を向ける。
「ほら。」
「うん。」
ベッドの下にある備え付けの引き出しから適当に部屋着と下着を引っ張り出して、結弦に投げつける。洗面所に引き返して身に着けてくれることを期待したが、残念ながら涼介の視線を気にすることもなく、目の前でのんびり部屋着をまとった。
結弦からしてみれば男同士、気にするのもおかしいという話なんだろうけれど、涼介にとっては劣情をいっきに煽り立てられる行為だ。
想定していた通り、結弦に涼介の部屋着は大き過ぎる。それもそのはず、二人の身長差は二十センチ近くある。涼介は父親譲りの長身だし、異国の血が混じるだけあって日本人離れした手足の長さだ。一方の結弦は子どもの頃から小柄で、どこもかしこも薄っぺらく、いつまでも少年のような身体付き。そしてたった今、視界に飛び込んできた彼の身体も、記憶にあった通りの真っ白な日焼けの痕もない身体で、その神々しいまでの清らかさは変わっていない。決して女を感じさせるような身体ではないのに、涼介にとっては妙な庇護欲をそそられる。
長過ぎる裾を特に気にかける様子もなくまくり上げて、ベッドに転がる結弦。これで襲うなというのはあまりに酷な話だ。好きだからこそ傷付けるようなことをしたくない。失望されたくない。しかしこちらにも我慢の限界というものがある。
涼介は結弦の身体と真っすぐこちらを射抜いてくる視線を強制的にシャットアウトし、無心でバスルームへ突き進む。この際、行動が奇妙だと思われたって構わない。手を出さないことが唯一の目標になっていた。
* * *
いつもなら十分も浴びないシャワーを、しっかり時間をかけて浴びた涼介は、なんとか昂る身体と心を鎮めてバスルームを脱出する。狭い部屋へ恐る恐る戻ると、こちらの心配をよそに結弦はしっかり布団を被って夢の中だった。
そのことにこの上なくホッとして安堵の溜息をこぼした涼介は、天を仰ぐ。妙な攻防が待ち受けていなくて良かった。ただその一言に尽きる。結弦は一度眠ると朝まで起きないたちだ。
ソファで眠るのは長身の自分にとってはだいぶ窮屈な話だが、どのみち状況から考えて安眠などできやしない。本でも読みながらこの夜を明かそうと決める。一日くらい徹夜したところで、明日は講義があるわけではない。レポートの返却をしてもらった後、図書館で勉強しようと画策していただけだ。喫茶店のアルバイトも極度の肉体労働を強いられるわけではない。なんとか乗り越えられるだろう。
すやすやと眠る結弦は全くの無防備だった。仕方がない。結弦は涼介のことをただの幼馴染だとしか思っていないだろうから。しかしわかっていたことなのに、事実を突きつけられると思いのほか傷付いている自分がいる。
「仕方ない、よな・・・」
こういう時にふと湧き上がってくる劣情は厄介だった。涼介の心を暗くし、結弦を傷つけてでも想いをぶつけたくなってしまう。涼介は必死にその感情へ首を振る。勢いだけで気持ちを押し付けても、後悔することは目に見えているからだ。
「結弦・・・。」
もし彼が敏かったら、きっと二人の関係は違ったものになっていただろう。もっと早くに別れが訪れていたに違いないのだ。結弦の言動には打算など何もない。その素直さと純粋さに涼介が勝手に毒されているのだ。
ベッドに背を向けて、ソファに腰掛ける。長い苦行の夜が始まろうとしていた。
いつもありがとうございます!!
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朝霧とおる
1. 無題
涼介にとっては、蛇の生殺し状態(苦笑)
すやすやと眠る結弦は、涼介の苦悩を知らない・・・。
さて、この二人は、どんな展開でカップルになるんでしょうか?
0時が楽しみです♪
さて、冬の精霊が終わり、ちょっと寂しいです。
またの登場を楽しみにしていますね。
いちゃいちゃカップル、いいです♪
紫苑の独占欲の凄さ(愛するするがゆえ)
凜の可愛らしさ、初々しさがたまりません。
Re:無題
私の癒されたい願望がこれでもかと詰まってしまった二人ですが、
涼介が一人勝手にバタバタしながら、結弦はそんな涼介に気付くことなくマイペースに物語は進んでいきます。
楽しみにしていただけて、有難いです!!
紫苑と凛、少し間は空いてしまいますが、ちまちま続きを書き溜めていきますので、のんびりお待ちいただければ嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。