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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あまのがわ喫茶室4

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あまのがわ喫茶室4

仲睦まじそうな熟年カップルからダージリンとアッサムのオーダーが入る。涼介の営業スマイルに快く乗ってくれた品の良い婦人は、勧めたベイクドチーズケーキもオーダーしてくれた。

紅茶はオーナーの天野が淹れる。忙しい時は涼介も手伝うが、基本的には天野は自分で淹れたがる。自分の目で見て仕入れてきた茶葉が踊るさまを飽きることなく見つめ、我が子を送り出すように香り立つ紅茶たちを客へ提供するのだ。

涼介はこの緩やかに流れるあまのがわ喫茶室の空気がとても好きだった。忙しない生活の中で、バイトをしている時間が一番心和むというのも不思議な話だ。雑多な物を脱ぎ捨てて、何も取り繕うことなく素の自分でいられる。だから睡眠不足で幾分疲れていても一息つけるのは、涼介にとってごく自然な流れだった。

「はぁ・・・。」

「加賀くん。溜息をつくと、幸せが逃げますよ。」

おっとりした口調で天野が微笑み、ベイクドチーズケーキを皿に盛り付けていた涼介に声をかけてくる。ケーキはテイクアウトも受け付けているが、店内で食べてもらう時はホイップクリームをつけて提供している。涼介は程よい量を盛り付けるのが大変得意だった。

「なんだか、今日は眠そうですね。夜更かしでもしてしまったんですか。」

聡明な老人、天野にはどうやら昨夜の疲れを見抜かれてしまったようだ。良くも悪くも気負って仕事をしているわけではないので、全身から気怠さを放出してしまっていたのかもしれない。

「すみません。ちょっと寝不足で。」

「僕も学生の頃はよく夜更かしをしたよ。今も昔も、変わらないんだね。無理をしないように。」

「はい。」

肩を竦めて天野に苦笑し、今日も綺麗に盛り付けたケーキを、オーダーしてくれた婦人のもとへと運ぶ。

カウンターに戻ると、天野は何事もなかったように茶葉が開いていく様子を満足そうに眺めていた。

結弦のことは今朝部屋から追い出した。口を尖らせて不満を隠そうともしない彼をどうにか宥め、このまま囲っておくわけにはいかないと帰らせたのだ。

結弦の引っ越しが完了する一週間後までズルズル同じ屋根の下で過ごしていたら、我慢で気が狂いそうになることだろう。昨夜は添い寝を阻止したが、さすがに何度も強請られるようなことがあれば、ふらふらと吸い寄せられて手を出しかねない。

駅前のスーパーマーケットで調達したビールは、ついに昨夜開栓することなく過ぎてしまった。程よい疲れをまとった身体にアルコールを流し込めば、脆い決意が崩壊する恐れもある。飲まなくて正解だった。

納得いっていない結弦にはマメに連絡を入れると約束して、どうにか実家へ帰宅することを頷かせた。骨の折れる幼馴染だ。一度決めると融通がきかず、とても頑固。だからこその優秀さなんだろうけれど、相手をさせられる涼介にとっては時に頭痛の種となる。

昨夜、何度ベッドを振り返り手を伸ばそうとしたことか。ちょっと触れてみたいという欲求は、達成された瞬間、さらに深い触れ合いを望んでしまうだろう。だから最初の一歩を頑なに耐えた自分は正しい。

カチャッと茶葉を引き上げる音を聞き、涼介は我に返った。

湯で温めていたカップを空け、片手で持ったトレイに手際よく並べていく。

「こっちがダージリンね。」

「はい。」

鼻孔を通り抜けた香りは上品で、寝不足でぐちゃぐちゃになっていた思考回路を整えてくれる。少し荒ぶっていた心も自然と凪いでいった。

「お待たせいたしました。ダージリンティーでございます。こちらでお注ぎしてもよろしいですか?」

「お願いします。」

婦人の前でカップに注ぎ淹れていくと、いっきに香りが広がる。続いて婦人のパートナーにアッサムを差し出して、同じようにカップへ一杯分の紅茶を注いだ。

「ごゆっくり。」

婦人が少し照れながら礼を言ってきたので、涼介も丁寧に微笑み返す。大抵の女性はこの笑顔に落ちる。しかし涼介がそうすることでここの客が気分良く過ごしてくれるのなら、この顔の造りも無駄ではないと思えた。

そつなくこなせてこの顔だから、人に必要以上に期待させてしまう。外にいる時はそれがプレッシャーで人と深く付き合うことを億劫に感じることもあった。しかし深刻に悩むほどでもない。涼介は自分のことを過大評価も過小評価もしていなかった。自分はどこにでもいる至極普通の学生だと思っている。結弦のことを溺愛し、また急激に物理的な距離が近付くことで戸惑っていること以外は、これといって不都合もない。

カウンターの中央にあるケースに、使ったトレイを収めて、涼介は外を眺める。

今日はバイトを終えたら、約束通り結弦に連絡をしてやろう。こちらの機微に敏いやつではないから、機械的な文字でメッセージを送りつけるより電話の方がいいかもしれない。結弦は好きなことに没頭するたちだから、あまり視野は広くない。二人寄り添って生活してきた時間が長い分、涼介の存在は彼にとって空気と同じで、いないと違和感をおぼえるくらいには結弦の中で大事なポジションを与えられているのだろう。

しかし涼介が感じる結弦不足と、結弦が感じる涼介不足は同じではないと思う。あんな平然と裸体を晒した結弦に、涼介への恋愛感情を見出すのは無理があった。自分はとてもじゃないが、結弦の前であんな無防備な姿を晒す度胸はない。結弦の視線が怖いし、何より男として興味がないと決定的な終止符を打たれる覚悟はないからだ。

ぽつりぽつりと雨粒が喫茶店の窓ガラスを叩いていく。今朝は結弦に全神経を傾けていたから、天気予報を確認してくるのを忘れてしまった。近所なので傘を持っていないくらいどうってことはないが、洗濯物を干してきてしまった。今夜洗い直さねばならないだろう。

細かい霧のような雨で激しくなっていくことはなかったが、順調に雨が窓ガラスを塗りつぶしていく。

再び溜息をこぼした涼介に、天野は無言で眉を上げ、窓の外を見つめた。










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