マネージャーの岡前からの思いがけず舞い込んできた仕事に、最初は乗り気ではなかった。
紳助に追い付きたい。けれど、今の自分にこの仕事ができるだろうか。全て中途半端になってしまうのではないかという不安があった。
読んで決めれば良いと言われ、強引なかたちで岡前から台本を押し付けられ、正直途方に暮れた。しかもこの仕事を引き受けたら、実質一ヶ月ほど、大学も休まなければならない。
相談したい。けれど変なプライドが邪魔してしまう。紳助の前で、弱い自分はたくさん見せているというのに、それでも取り繕えるところは踏ん張りたいと妙な意地が湧いてきてしまうのだ。
外の世界で経験を積むという貴重な機会と、大学生活を一ヶ月手放すという、比べることがそもそも難しいことを自分は天秤にかけている。
どっちも大切だ。どちらか一つを諦めることはしたくないし、けれど一方でやり抜くだけの体力が自分にない気がしてしまう。
もし大学を一ヶ月休んでも、事前に申し出れば、追加レポートや課題提出でほとんどの科目はカバーできる。
しかしそうは言っても、今でさえ精一杯な自分が、仕事を抱え込んでまで器用にこなせるとは到底思えなかった。きっと紳助に縋ってしまうし、そんな自分が情けなくて嫌だった。
紳助も建築事務所のアルバイトが始まるから、今までのように余裕綽々というわけにはいかないだろう。
そこまで考えて、台本片手に溜息をついていたら、いつの間にか背後から自分のものではない手が伸びてきて、台本を攫った。
「恵一。溜息ばっかついて、どうした? これの所為?」
「ッ・・・」
咄嗟に攫われた台本に手を伸ばしてみたけれど、長身の紳助が高々と台本を持つ手を挙げてしまったので、取り返すことは叶わなかった。
「話せよ。どうした?」
「・・・。」
「言いたくないなら別にいいよ。身体に聞くから。」
「ッ・・・」
不敵な笑みを浮かべて台本をめくり始めた紳助に、抵抗する気はたぶん最初から自分にはない。
知られたくないなどと表向きは装っていても、本当は気に掛けて欲しくて堪らない。耳元で、どうするかと囁かれて、紳助の下ろされた方の手を握る。嬉しそうな紳助の目を見て、恵一は自分がとった行動が彼の望み通りなのだと悟った。
「・・・聞いて、くれる?」
「もちろん。」
「紳助にとってはくだらなく思えることかもしれない。自分のことすら、ちゃんと考えてできない、って・・・。」
「おまえの一大事なんだろ?」
頷けなかったけれど、恐々窺うように見上げた紳助の瞳は優しくて、そんな些細な視線の交わりすら嬉しくなって安心している自分がいる。
「おまえの一大事は、俺の一大事だよ。」
紳助の口車に乗せられているだけかもしれない。けれど彼の言葉一つひとつに支えられているのも事実なのだ。
ポツリポツリと話し始めた先行きの見えない不安に、紳助はただ黙って話を聞いてくれた。
* * *
海辺の街を舞台にした、心の温もりを探す一人の青年の話。それは少し今の自分にも重なるな、と思った。
仕事を受けるか否かを考える前に、取り敢えず読んでみれば、と諭されて目を通し始めた世界に、恵一はあっという間に惹き込まれた。
事故で記憶をなくし、静かな海辺の街で自分探しをする青年。老婆と思春期真っ只中の少女との出逢いを通して、なくしてしまった記憶を埋めるように、人々の温かい心に自分の生き方を見出していく。
自分を探す旅なんていう大袈裟なものではなく、一日一日を人の温もりに触れながら、日々彩りを取り戻していく、何気ない日常の幸せを丁寧に描いている、そんな作品だった。
読み終えた時にはすっかり感情移入して、うっかり溢れた涙を紳助に拭われるという始末だった。
「おまえがやってみたい、って思えるんなら、俺は応援するよ。」
「・・・うん。」
「チャンスってな、降ってくるのを待ってても来ないよ。自分から掴みに行かないと。」
「でも・・・大学の事も疎かにしたくない。」
「なら、どっちも全力でやればいい。倒れたら、介抱してやる。」
純粋に介抱するだなんて思っていない顔。紳助の企み顔に睨んで返すと、宥めるように抱き締めてきた。
「やってみたいんだろ?」
「・・・うん。」
「行ってこい。」
不思議だ。紳助に背中を押されると、もうその気になって自分は走り出そうとするのだから。
不安な気持ちもどこかへ飛んでいって、大丈夫と思えるようになってしまう。
きっと苦労する事はわかっているのに、紳助に行ってこいだなんて言われたら、自分にはそれ以外の選択肢はなくなってしまう。綺麗さっぱり消滅するのだ。
「俺だけのもの、っていうのも気分良いけどね。おまえが色んな人に愛されて必要とされてる人間なんだってわかってほしいよ。」
「・・・必要と、されてるかな、俺・・・」
「必要だからオファーもしてくるんだろ?」
「・・・うん。」
さらに強く抱き締められて、紳助の唇が恵一の耳元で熱の籠った言葉を発する。
「何があっても待っててやるから、行ってこい。」
「・・・紳助。」
「うん?」
「ありがと。」
「どういたしまして。」
言うまで不安だった気持ちは、すっかり凪いでいた。また不安の芽が出てきてしまったら、こうやって何度も紳助の腕の中で求めてもらえる心地良さを確かめればいい。
器用になれない自分を鬱陶しがらずに受け止めてくれる紳助は偉大だな、なんて思っていても、やっぱり恥ずかしくて言葉にはできない。その代わり、紳助の背に腕を回し、思いの丈だけ抱き締め返した。
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いつも当サイトに足を運んでいただきまして、
ありがとうございます!!
皆さまのアクセスが日々の糧です!!
ありがたや。ありがたや。
大学時代は良くも悪くも濃い4年間だったため、
詰め込みたい心情が多くて。
もっと私に文才があれば、
このダラダラ感が出ずに済むのでしょうが、
もうしばらくお付き合いいただければと思います。
ラストまで書き終えたものの修正を重ねておりまして、
まだ話数が確定しておりません。
すみません!!
さて本編とは全く関係ありませんが。。。
私の刀剣ライフに新たな顔が加わりました。
お鶴と三日月。(嬉しくて小躍りしております・・・笑)
太郎さんはどこかで道草を食っているようで、
なかなかお見えにならないのですが、
少しずつ理想郷に近付いております。
この手の運がない方なので、
首を長くして待つしかありませんね。
とうらぶプレイ時間が長くなりつつありますが、
小説は小説で着手しておりますので、
日々の更新は滞りなくやっていきたいと思います!!
ご心配なく(笑)
それでは、また!
朝霧とおる
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朝霧とおる