紳助の面接が終わった翌日。決まればすぐに連絡が来ると聞いていたので、恵一の方がドキドキしていた。
紳助は至って平静。いつも通りの朝だと言わんばかりに新聞を読んでいる。
今日は土曜日。恵一は講義が入っていたが、紳助は入っていない。後ろ髪を引かれる思いで大学へ行く準備をして、家を出た。
恵一だけが家を出て行く日は、紳助がキスをくれる。油断していると軽いキスではなく唇を割って舌が滑り込んでくるので油断ならない。
いってらっしゃいのキスもいつも通りだった。
この男には緊張するとかそういう感覚がないのだろうか。自分の将来が決まるかもしれない日に、のんびり過ごしているだなんて。恵一にはその神経が信じ難かった。
さすがにいつでも電話に出られるようにはしておくらしいが、そんなのは当たり前だ。自分なら、テーブルにスマートフォンを置いて、連絡が来るまで食い入るように見つめて待っているかもしれない。
今日はフランス芸術学と日本ファッション史の講義の二つ。終わる頃にはお昼だ。紳助の事が気になって、到底集中できそうにはなかった。
紳助と共に暮らすアパートは大学の目と鼻の先。まずはフランス芸術学の講義を一番広い教室で受ける。
恵一にとってフランスというワードは鬼門だ。紳助がパリへ行ってしまうかもと早とちりをして落ち込んだ例の場所だからだ。
土曜日が来るたびに気が重い。居た堪れないという気持ちはとっくに薄れているから、そういう事ではない。もうあんな衝撃は味わいたくないと、頭が拒否反応を示す。なかなか重症だった。
重い足取りで教室に向かいながら思う。一刻も早く教室へ滑り込んで一番奥の席を確保し、ひっそりしていようと情けない決意をした。
* * *
面接の結果が自分の事のように気になって、全く集中できなかった講義を終える。辛うじてノートだけは取り、スマートフォンを取り出す。
けれど紳助からは連絡が入っていなかった。彼の事だから連絡してくれる気がそもそもない可能性もある。連絡が欲しいと言っておけば良かったと後悔しても今さらだ。さすがに自分から勇んでは電話はできない。
モヤモヤしているうちに大学のキャンパスをあとにし、家の前まで着いてしまう。紳助が部屋で落ち込んでいたらどうしよう、と暗い考えばかりに思考回路が繋がっていく。
胃液が上がってきそうなほど緊張してドアを開けたのに、コンロの前で立っていた彼は何事もなかったように昼食の準備をしていた。
「おかえり。」
「・・・ただ、いま・・・」
「どうした?」
「あ・・・いや・・・」
どうしよう、とグルグル回り始めた頭に終止符を打つように、紳助が目の前で笑い出す。呆然とその様子を見ていると、紳助が恵一の頭を軽く小突いた。
「どうしておまえが緊張してるんだよ。大丈夫。内定貰ったよ。」
今朝からの緊張感が一気に解けて、身体から力が抜ける。
「そんなに俺がダメな奴だと思ってたわけ?」
「違う、けど・・・」
「嬉しいよ。そんなに心配してくれて。」
優しく抱擁してくれるけれど、口調は明らかに揶揄いの色を含んでいる。
就活って人生を決める一大イベントだと思っていた。なのにこんな飄々としているだなんて、紳助の神経は絶対におかしい。
「ごめん、ごめん。怒らないで、恵一。」
「心配してたのに・・・」
「悪かった。どうしたら許してくれる?」
急に紳助の声音が低くなり、耳元で囁かれて身体が無意識にざわめき始める。本気で心配していた自分が馬鹿みたいだ。
「・・・もういい。ご飯食べたい。」
紳助の腕の中から逃れようとしたら、さらに強く抱き締められて、引き戻される。
「ッ・・・」
「恵一。こっちが先。」
貪るようなキスにあっという間に溺れていく。骨抜きにされて、ぶつけようのない怒りに似た気持ちはすぐに消え失せた。
紳助の長く器用な指先が翻弄してくる。惚れた自分が悪い。こんな風に望まれて拒めるはずもないのだ。
ベッドまで手を引かれ、抵抗する事なくついていく。けれどその強引さが狂おしいほど好きだと思った。
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朝霧とおる