少し手が触れただけで、内心飛び上がりたくなるほどの緊張が走る。人を好きになるってそういう事だ。咄嗟に謝りかけた声をどうにか堪えたのは、事を大仰にしたくはなかったから。思春期でもあるまいし、過敏な反応をしていると思われたくない。
フロアのあちこちでキーボードを打ち鳴らす音が響いている。目の前に座る瀬戸へ書類を渡し終えた今、残念ながら坂口がここに居続ける理由はなかった。
「じゃあ・・・よろしく。」
「はい。」
無意識に瀬戸の肩に手を伸ばしかけて、慌てて手を引っ込める。触れたいという衝動のままに突き進もうとしてしまったことに自分でも驚いて、速足で二課のフロアを後にした。
「何やってんだ、俺・・・。」
苦い気持ちを隠せないまま渋い顔で廊下を歩いていると、宇津井が一課のエリア前でスタッフと雑談に興じているのが目に飛び込んでくる。こちらの登場に軽く手を挙げてきた宇津井に坂口も手を挙げ返した。
「お疲れ、坂口。今日、一杯どう?」
「あぁ、行こうか。」
ガス抜きをしたい。そして頭のあちこちで緩み始めているネジを締め直したかった。
「メールで予告してた仕事。」
宇津井が企画書を数枚寄越してきたので、上から斜め読みしていく。希望の締め切り日を確認して、坂口は溜息をつきながら宇津井と睨む。
「今週中かよ。」
「頼む!」
「わかったよ・・・。」
半ば投げやりで答えて、瀬戸との接点が増える可能性に気付く。期待を胸に企画書をめくり直してみると、かえって頭痛の種は増えた。
「ローション・・・。」
よりにもよって基礎化粧品の方ではなく、夜の営みに用いる方。やましい気持ちがある分、今までこのジャンルは川辺に仕事を振ってきた。瀬戸の顔を思い浮かべて首を振る。冷静に頼める気がしなかった。
「それリピーター多いから、あんまりガラリと変えてほしくないんだよね。シンプル路線は維持で、女の人も手に取りやすいデザインにしてよ。」
「・・・簡単に言うなよ。」
宇津井に文句を言っても仕方がないことはわかっている。それに自分が引っ掛かっているところは、宇津井が指摘している箇所とは別次元の問題だ。
「夜、駅前の焼き鳥屋でいい?」
「ホント好きだよな、おまえ。」
「あの店がある限り、俺は生きていける。」
「なんだそれ・・・。」
陽気に笑いながら去っていく同期を羨望のまなざしで見送り、坂口は悶々とした気持ちを残したまま自分の席へと戻った。
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朝霧とおる