人生のあらゆる選択を自動で振り分けてくれる機械があったらラクなのに。
そう思うくらいに無気力な自分がいる。駿のことは考えるだけ時間の無駄。再びこの部屋へ帰ってきたところで、また思い出したように出ていく日がやってくるだけだろう。繰り返し、繰り返し、きっと飽きることなく。
「ッ・・・。」
右手からスプレー缶が滑り落ちていき、フローリングを叩いて高音を上げた。
精神的に不安定だと、かなりの高確率で目の前のマネキンが悲惨な状態になる。元々カットや染色の練習をするためにあるマネキンだが、ここ数年は八つ当たりをするための道具と化していた。商売道具で鬱憤を晴らすなんて、同業者には見せられない。
化粧の代わりに顔を塗り潰す金と赤の塗料は、クリスマスオーナメントを自作するために買ったものだった。もちろんそんな気分にはならなくて、腹いせのようにマネキンの顔を塗りたくって使い切った。
「なんで・・・なんでだよッ!!」
落ちたスプレー缶を拾ってマネキンに投げつける。重いマネキンはびくともしなくて、スプレー缶は弾き返されて再び床に落ちた。
「ッ、く・・・ふッ・・・バカ・・・駿の、バ、カッ・・・」
虚しくて、悲しくて、それでも泣けなかったこの数日。堪えていたものがここへきて振り切れ、ようやく大友は泣いた。蹲って一人部屋で泣くのはつらいけど、それでも泣いた後は幾分スッキリできることを知っている。
なんで好きなんだろう。もっといい相手がいるはず。何度自分にそう言い聞かせても、やっぱり自分は駿の手を取ってしまう。抱き締められたいと思ってしまう。もう一種の病気みたいなものだ。彼といる時は幸せだと頭が勘違いする。たった一瞬の、幻のような幸せのために、彼のいない部屋で自分は泣かなければいけない。
懲りない自分を正したくても、正す方法がわからない。もう心から人を愛する感情が消えてしまえばいいのにと思う。苦しくて、疲れ切ってしまった。
明日は仕事納め。店は営業しないから客と会わずに済むことだけが幸いだった。深夜にこんな泣きはらして、きっと明日は顔がむくれて悲惨だろう。従業員は気心の知れた店長の谷崎と、以前勤めていた店から一緒の増井というスタッフだけ。概ね事情は知っているので、心配はかけてしまうだろうが深く突っ込まれることはない。
あと一日我慢できれば彼らに心配をかけることはなかったのだが、その我慢ができなかった。嬉々として眺めていたマンションのパンフレットが、今では部屋の片隅で紐に縛られてひっそりと積まれている。
言葉にこそしなかったものの、駿は大友の計画に気付いていたはず。その意図を察せないほど頭の回転の悪い男ではないのだ。それでも平気で裏切る。わかってる。もうこれ以上、駿を受け入れたらいけない。未来を黒く塗りつぶされていくだけなのだ。
「縋って、も・・・ッく・・・いい、か、な・・・。」
特別モテるわけでもない。バーで声をかけてもらえたことも数えるほどしかないし、駿の存在を理由に誘いを無碍に断ってきたことが、さらに拍車をかけて人を遠巻きにさせていた。
飯塚は大友のことをどんなヤツだと思って声をかけてきたのだろう。ガッカリされたらと思うと怖い気持ちは拭えない。そして駿のような男だとしたら、もう立ち直れる気がしないのだ。
駿に縛られ過ぎた。新しく踏み出すことが途方もなく怖い。それでも未来のない関係にこのまま足を突っ込んで過ごすわけにもいかない。蘭の言ったとおり、同じ場所を行ったり来たりしているだけ。
時間を気に掛けることなく、気の済むまで泣いて心を諫め続ける。気が付けば、闇夜に薄明かりが灯り始め、いつの間にかカーテンの隙間から朝陽が差し込んでいた。
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朝霧とおる