フラれた足で入ったバーに、好みの男が打ちひしがれている事実を幸運と取るべきか。再び訪れた試練と取るべきか。
飯塚浩之(いしづかひろゆき)は余計な警戒心を煽らないように、物腰静かに男の隣りに座った。自分より幾分年下に見えるが、着ている服や髪のこだわり具合に、はぐらかされているだけかもしれない。
カウンターにいる店のママにノンアルコールのカクテルを注文する。ひと目で気に入った相手の前で情けない姿を晒すのは御免だ。強そうと称される一方で、実際は弱い。ビール一杯ですっかり気分が悪くなってしまう。こればかりは体質なのでどうしようもなかった。
「一人?」
酒を注文しなかった飯塚のことを男が不思議そうな顔で見つめてくる。飯塚の問いに彼は目を逸らしただけで、答えることはなかった。しかしそれこそが答えだろう。彼はここに一人でいる。そしておそらく、彼を追い掛けてここへ来る者はいないはず。
「恋人は?」
店のママから受け取ったカクテルを口につける。最初の質問にだんまりだったので、答えは期待していなかった。しかし彼が呟くように曖昧な言葉をこぼす。
「・・・いるような・・・いないような・・・。」
「そっか・・・。今夜付き合ってよ。どこかへ連れ出したりはしないから。」
答えの代わりに深い溜息が返ってくる。
束縛が激しいといってフラれるのは、もうこれで何度目か。好きになると相手の全てを知りたくなる。気持ちの全てを向けてほしくなる。エスカレートしていくのを止められず、結果恋人の心はいつも離れていく。怖いとまで言われたことはないが、鬱陶しいと言われたことは数知れず。いい加減学べばいいものの、自分は同じことを繰り返している。
腕の中に閉じ込めて、ひたすら甘やかしたい。そして頼ってほしい。理想の関係を押し付けては破綻し、恋人はその重さに耐えきれずに去っていく。
手を伸ばしたら、またこの隣りの彼も同じように呆れて去っていくだろうか。しかしそんな残念な未来が待っていたとしても、自分はまた懲りもせず、この一目惚れした彼と恋に落ちたいと願い始めていた。
惚れっぽくて、のめり込むまでさほど時間を必要としない。良く言えば一途。悪く言えばうんざりするほど重い。
「俺はごく普通のサラリーマンなんだけど・・・君は?」
「・・・美容師、です・・・。」
「あぁ、言われて納得。お洒落だもんね、君。今いくつ?」
「三十三です。」
「そっか。同い年だ。」
飯塚の相槌に隣りの彼が驚いたように目を見開く。実際の年齢より老けて見えることの方が多いから、飯塚にとってこの反応は想像の範疇だ。
「飯塚浩之です。よろしく。君のことは何て呼べばいい?」
「・・・大友、です。」
下の名前まではダメだったかと内心肩を落としつつ、飯塚は顔には出さず親しい間柄になるための一歩を踏み出す。
「同い年だし、呼び捨てでいい?」
「・・・うん。」
重いと罵られようが、自分のしたいようにしか生きられない。望まないためらいを抱き続けるよりは、気持ちに正直でいたい。
惹かれる想いに逆らわず、飯塚は大友と名乗った目の前の彼と恋をしようと決めた。
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朝霧とおる