歳を重ねればいつか同じような体躯になるものと思い込んでいたが、実際は世羅の方が長身で、フェイは飛べるのではないかと思うほど軽く小柄だった。歳の差は三つ。世羅が先をいく。
「フェイ。キィは無事におまえのもとへ帰ったのか? 今日は姿が見えぬな。」
「王宮までの道は共にしていたのですが、壁面の飾りを見るや、いなくなってしまいました。心配はありませんよ。お腹を空かせたら、いずれ戻ってきます。」
フェイが微笑むたびに世羅の胸が躍った。この笑顔を自分だけのものにできるなら、どんなに素晴らしいだろう。
しかしそう思うほど、同時に罪悪感にもさいなまれるのはいつものことだ。
二人で王宮の片隅、塔の天まで登って星空を見上げて話していると、自分がとても小さい存在に思える。何が王族か。どうしても欲しいものだけが手に入らない。フェイの心がこちらを向いてくれたなら、そう思うだけで胸が苦しく、息が詰まるような気がする。
不自然に黙ってしまったことを良くないと思いつつも、フェイのことだけが頭を占めている今、何も言葉を発することができなかった。
「世羅様、なにか御心を痛めていらっしゃるのですか?」
否とすぐに言えなかった自分が愚かしい。けれど気にかけて欲しいという本心に打ち勝つことは難しかった。
「私ではお力になれませんか?」
「いや・・・。」
激情などとは無縁の澄んだ瞳。この目に射抜かれるだけで、心が痺れてしまう。
言えたらどんなに楽か。しかし世迷言を言って困らせてしまうのだけは嫌だった。
望めば手に入る。口にしてしまえば、王族である自分に否を唱える者はない。フェイは芯のある青年ではあるものの、決して逆らったりはしないだろう。しかしそれでは意味がないのだ。
欲しいのはフェイの心。それだけでなく全てが欲しい。世羅が望んでいることを口にすれば、フェイの失うものは大きい。彼の尊厳を奪っても叶えるべき願いかと問われれば、そんなものに何の価値もない。
「フェイ。おまえは死が怖くはないのか?」
「・・・この世に生を受けた者は、いつか死を受け入れるのです。私は・・・まだ感覚として理解できていない、というのが正しいかもしれません。理世様のことですね。」
「そうだ。」
曖昧に首を傾げたフェイは、世羅が話を誤魔化したことに気付いているようだったが、それを言及するような愚かな真似はしなかった。物分かりのいい友を少し悲しく思う自分はとても勝手だ。
「年々、会うたびに儚くなられていますね。」
静かながらに潔い言い方に、遮る言葉は浮かばない。
「兄上になにかして差し上げたいと思うのに、叶わぬままだ。」
「世羅様がおそばにいる時は心を強く持ってらっしゃいます。」
「いや、それは違う。フェイ、おまえがそばに来ると喜んでおられるのだ。」
「そうなのですか?」
事実、理世は他の薬師とはあまり言葉を交わさない。
「おまえを弟のように可愛がっておられる。カガミも大切に仕舞い込んでいらっしゃった。私ともこの頃は、あそこまでお話しになられないのだ。」
フェイは世羅から視線を外し、星空を仰いで何か考えているようだった。
「お寂しいのですね。」
「そうかもしれぬ。」
「いいえ、理世様ではありませんよ。」
「・・・え?」
音もなく舞い降りてきたキィがフェイの肩に乗って、何事もなかったようにフェイに頬擦りして餌をねだっている。
「世羅様は絶望しておられる。」
「ッ・・・。」
「会うたびに物憂げになっていく世羅様に、お力になれない事が哀しい。」
まさかそんな断言を浴びるとは思っていなかったため、繕っていた鎧は簡単に崩れてしまう。狼狽して口から溢れた言葉は情けないものだった。
「違うのだ、フェイ。」
「・・・。」
「私は怖い。自分の願いも口にできぬまま朽ちていくのかと思うと。虚しくてならないのだ。」
「世羅様・・・。」
放ってしまった言葉に後悔する。気遣うように見上げてきた純真な瞳に、己の欲を見透かされたような居た堪れない気持ちが湧いてきた。
「すまない、フェイ・・・。」
「世羅様。あなたが何に御心を苦しくしていらっしゃるのか、私にはわかりません。けれど・・・」
「ッ・・・フェイ?」
胸の中に飛び込んできた身軽な身体を、どう受け止めて良いものやらと、世羅の手が不自然に彷徨う。
「いつなんどきも、私は世羅様の味方です。」
ギュッと抱き締められて、その温かさに誘われるように世羅もフェイの背に手を回した。
「フェイ」
フェイからの抱擁に泣きたいくらい胸が震えてしまう。嬉しさと切なさで、息をするのが苦しい。
友だと思えない罪悪感。本当に愛しくて、これほど近く感じる存在はこの世にないというのに。決してこの手にしてはいけないのは、何かの罰だろうか。
許して欲しい。せめて想うくらいは。
「私に許すと・・・許すと言ってくれ。」
掻き抱いたことに幾分戸惑った声を聞いたが、構わず抱き寄せる。
「世羅様・・・」
フェイを抱き締めるのも、これきり。穢れた手で彼に触れたくなどない。自分は近々、会ったこともない女を妃に迎えるのだ。
「どうか、フェイ。頼む・・・」
「・・・許します。心の友として、ずっとおそばにおりますよ。」
友に望んではいけない情を抱いてしまった。彼の純心を裏切るようなこの想いごと、この身を消し去ることができたらいいのに。
身を引き裂かれるような想いを抱いて生きるには、まだ自分は未熟すぎる。理世が去れば、さらに孤独なままにこの肩には国という重い枷がのしかかる。
「フェイ・・・」
「世羅様?」
悲痛の声をこらえ切れず彼の名を呟くと、フェイが心配そうに顔を覗き込んでくる。世羅は喉元まで出かかった愛しいという言葉をかろうじて引っ込めた。
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朝霧とおる