凛に仕える侍女たちから彼が目覚めたと報告を受けて、紫苑はそわそわと落ち着かなくなる。
凛は自らに課せられた務めに大変忠実な性質だ。無理をしているのではないかと心配になったものの、侍女たちの大丈夫だという言葉をなんとか自分の心にも縫いとめて言い聞かせた。
寝坊をした分、めまぐるしい公務に付き纏われて、時間はあっという間に過ぎていく。
なんとかもぎ取った休憩時間を無為に過ごしたくないと思っていると、見透かしたように凛が花湯を持って優雅に現れた。
侍女たちの言葉は本当だったらしく、しっかりとした足取りでいつもと変わりなく凛は紫苑のもとへやってきた。
「紫苑様。お疲れですか? お顔がしょげております。」
「凛が足りなくなった。さぁ、こちらへおいで。」
花湯を脇に追いやって、凛を抱擁する。
本当に力が渡ってくるようで、もしかしたら抱き締めるたびに凛の命を吸い取っているのではないかという気になってくる。
「紫苑様、苦しいです。」
強く抱き締めたため、凛がか細い声で抗議を上げる。
「私も苦しい。そなたが欲しくてたまらない。」
紫苑の言葉にさっと染まった頬に唇を寄せる。
もぞもぞと恥ずかしそうに身じろいでいたが、収まりのいい場所を見つけたのか、紫苑の胸に額を押し付けて凛が一息つく。
「凛。今夜、帰りを待っていてくれるか?」
「・・・はい。」
せっかく凛が用意してくれた花湯を無駄にしてはいけないと、紫苑は左手で凛を抱いたまま、もう片方の手で花湯を鉢に注ぐ。すっと鼻を通る爽やかな香りを堪能し、喉を潤していく。
「今日の花湯も格別の出来だよ、凛。」
「公務でたくさん話されたと伺いましたので。」
「喉が潤う花湯だな。」
「はい。」
いつだって自分のことを最優先に考えてくれる伴侶は、まだ恥ずかしそうに受け答えしながら紫苑の腕の中で丸まっている。残念なことに先ほどから目を合わせてくれない。
「凛」
「・・・はい。」
「私の方を見なさい。」
「・・・。」
少しばかり求め過ぎて、怒らせてしまったのか、拗ねているのか、どうしてもこちらを見てくれない。
「凛、怒っているのか?」
「・・・いいえ。」
「では、何故私を見ないのだ?」
「・・・。」
「こら、黙っていてはわからぬ。」
耳と頬を真っ赤に染めて、ますますしがみついて離れなくなった凛を、紫苑は首を傾げて見下ろす。可愛いと喉まで出掛かった言葉をかろうじて飲み込んで、凛の髪を宥めるように梳いた。
「皆が・・・」
「うん?」
「皆が見ておりますのに・・・」
凛の言葉で、公務で在席していた臣下たちがまだ背後に控えていることに思い至る。しかし彼らは別に紫苑たちの関係をとやかく言ったりはしないし、紫苑にとっては特段気になる存在ではない。
一方で凛は違うらしい。彼らの視線を気にして恥ずかしがっているらしく、彼らの前で甘い言葉を囁くなと暗に抗議しているのだ。
「気にすることはない。」
「・・・。」
凛は怒っていないが、いずれこのままだと危うくなるだろうと紫苑は判断した。凛を愛でる言葉を封印して、黙って静かに花湯を口にする時間を満喫する。
腕の中で赤く染まっていた凛は、その赤みが引くまで紫苑と目を合わせてくれることはなかった。
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朝霧とおる