少し汗ばんだ黒髪、血色のいい唇の赤に見惚れていると、困ったように永井の目が泳ぐ。今すぐにでも連れ帰ることができるならそうしたいものだ。しかし鼻の下を伸ばしているわけにもいかない切迫した状況なので、宮小路は永井の説得にかかる。
「送り迎えは、ちょっと……」
「お互い職場も違いますから、なかなか会えなくて寂しいんです。それに、永井さんの魅力に他の誰かが吸い寄せられやしないかと心配なんです。」
「……。」
考え過ぎです、と苦笑されてしまって返答に窮する。寄せ付けるくせに危機感が薄く、少々頑なな態度に宮小路の焦りは募っていく。
ストーカーがどこで手を出してくるかわからない。永井があくまで首を縦に振らないなら、こっそりボディーガードを手配するしかないが、大事になるとバレた時の言い訳も必要になり、手に届きそうな蜜月が遠退くかもしれない。
「じゃあ、週末だけでも。ダメですか?」
「週末、だけ、なら……。」
ポッと頬に咲いた赤みに、嫌なわけではないのだとわかって一息つく。
「あ、あんまり会ってばかりいると……仕事に、集中、できなくて。」
歯切れ悪く、随分可愛いことを言ってくれるので、こちらこそ戻った事務所で仕事が手に付かなくなりそうだ。困惑しつつも照れたような永井の顔に自分は弱い。ついこねくり回したい衝動に駆られて、伸びていこうとする手を押し留めるのに必死だった。
「縫合も染色も順調だと、先ほど仰っていたじゃないですか。私は永井さんが誠実な方だと知っています。困っていることと言えば……」
「え……」
「心配性が祟って、永井さんの胃に穴が空かないかどうかということくらいですよ。プレッシャーを感じてやってくださるのは悪いことばかりではありませんが、仕事は楽しんでこそです。もっとリラックスしてください。」
これ以上食い下がっても、平日の送り迎えは容認してもらえそうにない。しつこく言って不満を残すのは本意ではないので、今日のところは心に渦巻く心配をぶつけることは思い留める。
「永井さん。」
「はい。」
「どんな事でも一番に私を頼ってくださいね。強いとか弱いとかではなく、あなたが特別だから何でもしたくなるんです。決して、あなたが半人前だと言いたいわけじゃないんですよ。そこは誤解しないでください。」
真剣に訴えたつもりだったが、何故か永井が肩を震わせて笑う。
「宮小路さんの方がよっぽど心配性です。でも……」
永井が小さな声で嬉しいです、と告げてくる。恥ずかしそうに俯くので、その仕草に悶えずにはいられない。好きな人が嬉しそうなら、こちらにも嬉しい気持ちが感染する。
ストーカーの件は内密に別の手を打とうと心に決め、宮小路は昨日叶わなかった幸せなランチタイムを堪能したのだった。
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朝霧とおる