同居人が喜んで出ていくというのは複雑な心境だ。ホームシックで項垂れていた時は喝を入れてくれたし、調子に乗って怪我をした時は悪態をつきながらも、毎日背負って階段を上ってくれた。
竜崎は春哉にとって家族ではない。友だちとも少し違う。先輩、後輩という言葉で括れるほど明確な境もなく、当然恋人でもない。何か一つの言葉に縛られることに違和感をおぼえるほど、隣りにいるのが当たり前で甘えられる人だった。
この人がそばにいれば、何の不安もない。そう思えるくらいには頼りきっていたが、今日でそんな日々から卒業する。自分には後輩の面倒をみるという新たな任務が課せられて、竜崎は羽を伸ばせる一人部屋へと行ってしまうのだ。
「なんだ、寂しいのか?」
「さみしー……。」
力ない声で春哉は竜崎の背に圧し掛かる。今朝目覚めるまで、竜崎がこの部屋からいなくなることに現実感はなかったが、今、猛烈な寂しさに襲われていた。
「芝山の面倒見る、って昨日まで張り切ってただろ?」
「それはとっても楽しみ。」
渡された写真を毎日持ち歩いて眺めているほど楽しみなのに、荷物を纏め始めた竜崎を見た途端、急に湧き上がってきた寂しさが胸を苦しくさせる。これからも会おうと思えば毎日会えるのに、自分の気持ちを持て余して意気消沈していた。
「おまえ、寂しがり屋だもんなぁ。」
「うん。」
彼の言う通りなので本心から頷いたら、竜崎が苦笑しながら大きな手で春哉の髪をくしゃりと掴んで撫でる。
「カッコつけようとしないところが、おまえの良いとこだよな。」
「でしょ?」
「おまえ、謙虚って言葉知ってるか?」
「うん。なんとなく。」
「なんとなく、かよ。」
大きな声で笑い飛ばしてくれたので、少し寂しさが晴れる。まだまだ甘え足りなかったけれど、ちゃんと竜崎の手を離せそうだ。
「ぴかりん、また来てね。」
「毎日ここには来るぞ。」
「え、なんで?」
「寮長だから、点呼。」
「そっかぁ!!」
「うるせぇ。耳元ででかい声出すな。」
竜崎が春哉を背負ったまま立ち上がる。自分より遥かに高い目線から部屋を見渡すと、全く別の部屋にいるような気分だ。小さい頃に肩車され、はしゃいだ記憶が甦ってくる。
「パパだ!」
「は?」
「ぴかりんはパパに似てる!」
なんだそれ、と呆れたような視線を寄越して竜崎が笑う。けれど満更でもなさそうで、破顔した目に宿るのは優しさだ。
「どうりで手が掛かるわけだな。」
「でしょー?」
「そこは否定しろよ。迷惑掛ける気、満々かよ。」
柳との一件があったから、一瞬恋心を疑ったこともあったのだが、竜崎に欲情する自分は到底想像できなかった。同時に、見栄を張ったり隠し立てをする必要性を感じたこともない。
いつもどこかで見守ってくれて、助けを求めている時には損得関係なく手を差し伸べてくれる温かさ。竜崎は春哉にとって、泉ノ森では父代わりのような人だ。
納得してしまえば心の整理をつけるのは容易い。親が子どもの面倒を見られる時間は限られている。今日が巣立ちの日だと思えば、腹を括るしかない。二人で一緒に手を離さないと、待ち構えている人生のステップで望まない躓きが互いを苦しめることになる。何事も執着し過ぎるのはよくない。
「しっかり寝ろ。特に行事前。」
「うん?」
「好き嫌いしねぇで、ちゃんと食え。」
「えー。」
「えー、じゃねぇ!」
「これからは勉強見てやれねぇから、自分でちゃんとやれよ?」
「はい、はーい。」
「ホントに大丈夫かよ、春哉。」
たくさん心配させている。竜崎もなんだかんだ後ろ髪引かれるような気持ちでいるのかもしれない。気に掛けてくれることが嬉しくて、笑顔で送り出す決心がついた。
「じゃあね、ぴかりん。」
「おう。芝山に変なことすんなよ。」
「しないよー。」
「どうだか。」
両手にたくさんの荷物を抱えて、竜崎が部屋を出ていく。これが最後の荷物だ。竜崎の背に飛び乗りたい衝動をグッと堪えて、廊下へ出た竜崎を見送り、部屋のドアをゆっくり閉めた。
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朝霧とおる