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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

ツインタワー1

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ツインタワー1

水分を含んだ熱気に煽られて、額にじわりと汗の玉が浮き上がる。空港内を行き交う人々は半袖の者も多い。女性で肌を覆い隠しているのは明らかにイスラム教徒の女性たちだ。男で長袖を着ている者など、辺りを見渡しても自分くらいしかいそうにない。小野村真(おのむらまこと)は袖を捲り上げ、機内で締め直したネクタイを緩めてシャツの第一ボタンを外した。

出立した時の日本は真冬で、降り立ったマレーシアは常夏。距離にして飛行機で数時間。その寒暖差にやられて早くも体調を崩しそうな気配すらする。二十代の頃のような適応力がすでになくなっている事に愕然とした。三十路を過ぎて早三年。マレーシア支店に正式に移動となるのは春からだが、早いこと身体がこの暑さに慣れてくれることを祈るしかない。

食品会社の営業として勤めて十一年。この四月からマレーシア支店の営業部でハラル食品の分野におけるプロジェクトリーダーを任されることになっている。

ハラル食品とはイスラム教徒が口に出来ない豚由来の食材やアルコールを含まないものをいう。認証を受けるためには各国、各地域の審査を通らなければならない。マレーシアの認証制度は一般的に評価が高いとされていて、イスラム教徒の多い東南アジア地域に商品を売り出すための取っ掛かりと位置付ける企業も多い。真の会社でもマレーシア市場が重要視されていて、認証が見込まれる第一陣の商品が出来上がった段階で戦略室が本社の日本で立てられた。

食品の開発が始まって二年。ついに現地で営業に関するアクションが起こせる段階となり、真がマレーシアへ出向くこととなった。内示が出るのはまだ二ヶ月程先だが、ほとんど決定事項と言えた。今日からの一ヶ月はその土台作りの為の期間だ。海外勤務はマレーシアが初めてではないが、シンガポールに在籍していた時はまだ手取り足取り面倒を見てもらえるポジションだった。しかし今度は指揮を取る立場なだけに、責任も重大だ。

経済発展も著しいマレーシアが誇るクアラルンプール国際空港。そんな人が入り乱れる場所で待ち合わせとは随分無謀な事を考えたものだと思っていた。しかし良い意味で期待を裏切られ、広大な敷地面積であるにも関わらず空港内は整然としていて、指定された売店はすぐに見つかった。

日本と違って、スーツケースを放置して飲み物を買いに行くなどという暴挙には出られないので、売店の側で待ち合わせなのは助かった。流れ出る汗の分はきちんと水分補給をしなければならない。冒険心で紅茶のような色をした飲み物と、保険でミネラルウォーターを買い、紅茶のようなものが入ったペットボトルに早速口を付ける。想像していなかった甘さに咽せそうになり、真は眉を顰めた。

「真さん。」

懐かしい澄んだ声が自分を呼んだ。同じ目線の高さでグレーの瞳が嬉しそうに細められる。

「理央、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「はい。真さんもお元気そうで良かったです。」

今にも抱き付いてきそうなほどの距離感と満面の笑みは相変わらずだと思った。

島津理央(しまづりお)は真が教育係として初めてペアを組んだ後輩だった。日本人とアメリカ人のハーフで少し透けた茶色の柔らかい髪とグレーの瞳が綺麗な青年だ。歳は四つ違い。背は真とほぼ同じの高身長で細身だが、すらりと伸びる手足は日本人の長さとは違う。

真のシンガポール行きが決まり、たった一年で解消してしまったペアだったが、仕事に対して実直なところはお互い好感を持っていたと思う。人付き合いが上手く、真の懐へも器用に滑り込んでくる憎めない後輩だ。社内で唯一名前で呼び合う仲でもある。メールで時々やりとりはあったが、実際に会うのはペアを解消して以来だった。真は入社一年目のまだ初々しさの残る彼の顔しか知らない。精悍な顔つきになって現れた後輩を頼もしく思った。

「何年ぶりだっけ?」

「六年ぶりです。真さんにずっと会いたかったから、とても嬉しいです。」

まるで恋人にでも向けるような言い方に思わず笑ってしまう。

「おまえと仕事出来るの、俺も楽しみにしてたよ。マレーシアはどう?」

「成長著しい国だから、きっと真さんも気に入りますよ。手を入れれば入れただけレスポンスのある国です。」

「そうか。遣り甲斐は十分ってことだな。」

苦楽を共にしたことのある懐かしい仲間とまた笑顔で仕事が出来るのは素直に嬉しい。お互いが成長出来ているのなら尚更だ。

「主任になったんだろ?」

スーツケースを理央が真の手から嫌味なく奪い去っていく。荷物持ちに越させたわけではないので苦笑して取り返そうとすれば、理央は微笑んで首を横に振った。

「でも真さんは俺の教育係になった時にはもう主任でしたよね。五年目?」

「ああ、そうだったかな。」

「真さんのこと、必死に追い掛けてるつもりなんですけど、どんどん離れていくみたいな気がして。もうプロジェクトリーダーですもんね・・・。でもまたこうやって同じ場所で仕事出来ると思ってなかったから、凄く嬉しいです。」

理央があんまり嬉しそうに微笑んでくるので、可笑しな気分になる。昔から言い方はストレートだし、良くも悪くも遠慮がない。多感な高校時代までをアメリカで過ごしていたからかもしれない。時々赤面したくなるような言葉もさらりと口から溢れてくる。慣れてしまえば彼にとっては息を吸うのとなんら変わりない行為だと気付くが、初めは臆面もなく紡がれる言葉に面食らったものだ。

「クアラルンプールは初めてですよね?」

「ああ、初めてだよ。暑いのはわかってたんだけど、日本は真冬だから半袖ってわけにはいかなくてね。」

「そっか。一月ですもんね。体調崩さないように気を付けて下さいね。」

心配そうに覗き込んでくるグレーの瞳と視線がぶつかり、大丈夫だよと微笑み返した。白の小型セダンの前で理央がキーを取り出す。

「助手席に乗って下さい。トランクが何故か陥没してるので、荷物は後部座席に乗せますね。」
扉を開けた瞬間、熱気に襲われることを覚悟していたが、車を離れてから時間がさほど経っていなかったらしい。車内にはまだ冷気が残っていた。

「おまえの車?」

間髪入れず、違いますと笑って理央が答える。

「会社の現地スタッフの人に借りたらこの状態で・・。走るのには問題ないので安心して下さい。」

走るのに支障がなければ直さないというのが、まだ見ぬこの国の人たちの大らかさを感じさせる。きっと流れる時間の速さも日本とは違うことだろう。

キーを回すと静かなエンジン音が鳴り始めて、型がそれほど古くないことを窺わせる。古く見えるのは久しく洗車していないような状態だからだろう。

「お昼は食べました?」

再会してから世話係のように甲斐甲斐しい後輩についに真も苦笑した。

「機内で済ませたよ。市内は混む?」

「それなりに・・・覚悟して下さい。」

理央が肩を竦めてうんざりしたような仕草を返してくる。黙って大人しくしていれば眉目秀麗なのに、自分と話すと砕けて年相応の青年になる。うっかり真が笑うと、何故笑うのかと不思議そうにこちらを見て目を瞬かせた。成長したようでなかなか根本まで変わるものではない。理央の肩を叩けば、考えが通じたのか否か、首を微かに傾けて彼の透き通るような白い肌が赤く染まった。








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