*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。
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片岡のいない日々を寂しがる暇もないほど、色んなものに追われた。絵の予備校ではデッサンで次々に自分の課題が見つかるし、苦手な数学を克服するために一人机に向かう時間も増えた。部活も大会のあるたびに出場し、怪我もなく過ごして充実していた。
片岡を想って寂しくなるのは、スケッチを取り出して眺めている時だ。写真を見るより如実に彼の姿を生々しく思い出す。
毎日就寝前に彼を描いたスケッチを取り出しては、ホンモノの彼に電話をする。慣れない環境での受験勉強はやりずらいのではと心配したが、本人の話を聞く限りでは、かえって好環境らしい。深い交友関係に悩まされる事なく集中できるからだ。
片岡との通話を切って、目を瞑って余韻に浸っていると、スマートフォンが着信を告げて振動する。片岡だと思って開いた画面にあった名は悟史だった。
悟史とは片岡と過ごすようになってあまり会わなくなった。家が隣りでも、案外二人を繋いでいたものは少なかったのだと思ったものだ。
何の用かはわからなかったが、明日一緒に登校できるか、という主旨の内容だった。頑なに拒むほどのことでもない。了承の旨を返信してカーテンの閉まった窓に目を向ける。
悟史と過ごした時間はそのほとんどが楽しいものだった。今思い返せば、辛かった期間はごく僅か。折角の幼馴染を自ら失いにいくほどの事でもなかったのかもしれない。
けれど、元通りの自分たちに戻れるかと問われたら、まだ今の自分では快くイエスとは言えない。悟史からのメール一つにもぎこちなくなる自分は、初恋を捨てきれたとは言えないだろう。
片岡の声を聞いて安堵した直後に、悟史からのメールで浮かない気持ちになる自分。片岡がそばにいてくれたら、ここまで浮き沈みが激しくなることはなかったのではないかと思う。
大した用事ではないといい。そう願いながら、歩はスマートフォンの画面をオフにした。
一緒に行くと思うだけで気が重いのは意識している証だ。悟史への恋心は消えていない。彼にこれ以上の気持ちを傾けることはなくても、片岡の指摘したことは正しかった。
離れているのに心配させたくない。けれど言ってラクになりたい気持ちも捨て切れない。
並んで歩く最寄駅までの道が大層長く感じられた。
「歩。詮索するようであんまり気は進まないんだけど・・・」
「うん?」
「おばさんが心配してた。いつも夜遅くに誰かと電話で話してるって。」
「あぁ・・・友だちと話してるよ。」
「恋人とかじゃなくて?」
「・・・。」
咄嗟に違うと否定できず、妙な間が空く。けれど片岡の顔を思い浮かべたら、全力で否定なんかできなかった。彼女ではなく同性だけれど、やっている事は同じだ。
「相変わらず、ウソつくの下手だな。だけど、別に隠す事でもないんじゃないか?」
高校生にもなって恋人がいる事くらい、確かにわざわざ隠す事でもない。けれどそれは相手が異性であれば、だろう。同性が相手である事を明かしてしまうリスクは自分にもある程度わかっている。すんなり受け入れてもらえるものとは思えなかった。
「友だちだよ。彼女はいない。」
「そうなのか?」
「うん。」
悟史が納得していないのは顔を見ても明らかだった。
「まぁ、そういう事にしたいなら、別にそれでもいいけど・・・」
悟史の言い方が頭にきて、つい必要のない追及をしてしまう。
「悟史、何?」
「そんな怖い顔するなよ。俺は偏見ないよ。付き合ってるんだろ? ずっと前に試合で声掛けてきたヤツと。」
悟史の言葉に身体から血の気が引いていく。
どうして。何故、知っているのだろう。疑問がグルグルと頭の中を回り始めて、駅に向かっていた足さえも止まる。
「おばさんには適当に言っておくか?」
悟史の言葉が耳を掠めただけで、脳まで届きはしなかった。
片岡に待つと約束したのに。まだ自分の中には悟史への想いが残っていた。ショックを受けた自分に、またさらにショックを受けた。
自分と片岡の関係を知ってもなお、全く惜しいと思ってもらえない事が悲しい。一縷の望みもないのだと言われているに等しいのだ。
悟史の一番側にいたかった。けれどこの願いは永遠に届かない。自分が彼の隣りに並ぶ日はやってはこないのだ。
自分はもう十分傷付いた。現実を知った。このまま一緒に歩いて登校なんかできない。悟史を置いて、歩は来た道を戻り始める。
「歩!!」
「来ないでッ!!」
追い掛けてこようとした悟史に言い放つ。こんな激しい口調で悟史を拒んだのは初めてだった。
「おい!」
家までの道を全力で駆ける。
今日くらい許してほしい。一人籠ってたくさん泣いてしまおう。そう思いながら、すでに涙が頬を濡らしていた。本当に今日が最後。もうこれ以上、この初恋に振り回されてはいけない。
好きだった。優しくて、いつも気に掛けてくれていて、特別なんだと思っていた。彼の懐に入れるのは自分だけの特権だと。違う。そう思いたかっただけだ。
背中で悟史の声を聞きながら、歩は自宅へと逃げ帰った。
熱い硬茎が腿の合間を行き来する。自分の知らない感覚が次々に現れて、混乱してしまう。
「はぁ・・・歩ッ、ん・・・ッ・・・」
「・・・ぁ・・・んッ・・・あ・・・」
片岡の手の中で蜜を溢す自分の分身を直視できない。けれどどんな風になっているかは想像に難くない。向かい合っていないから幾分恥ずかしさは和らぐものの、送り込まれる熱と彼の手の柔らかさが生々しくて、夢心地というわけにもいかない。
荒い息が先ほどから歩の首元に何度も落ちてくる。名前を呼ばれるたびに身体が火照っていき、眩暈を覚えるほどの快感に歩は無意識に彼の腕の中から這い出ようとする。
「歩、イきそう?」
「けん、す、け・・・ッ、んッ・・・ぁ・・・」
歩の分身を愛撫していた彼の手がさらに早く擦り上げてくる。手の動きに促されるように腰に響いた甘い刺激が絶頂を呼び寄せる。
「あ、も・・・けんッ、す、け・・・」
急に込み上げてきた熱に慌てる。片岡が暴れ出した歩をキツく抱き締めて、少し乱暴な愛撫で射精を促してくる。その動きと合わせるように、片岡の硬茎が腿の間で張り詰めていった。口から漏れ出てしまう情けない嬌声をどうにかしたい。けれどそんな余裕は歩には微塵もなかった。
「あぁぁ・・・ぁ・・・ッ・・・」
先に根を上げたのは自分。片岡の手に白濁の蜜を放つ。受け止めきれなかった蜜がシーツを汚していく。その合間も激しく腰を突き入れていた片岡が腿の間で波打って、精を吐き出した。
「ぁ、歩ッ・・・ぅ・・・」
歩の放出が終わらないうちに、腿に片岡の熱い飛沫がじわりと広がる。歩を背後から抱き締めていた片岡の手が絶頂で震えた。
二人分の荒い息と濃密な空気が部屋に充満する。何も考えられないくらい気持ち良くて、胸がいっぱいで、満ち足りた気分だった。
誰とでもこんな事できるわけじゃない。片岡だから許せるし、受け入れられる。今まで生きてきて、一番心臓が働いている。どちらの音かもよくわからないほど互いの身体を伝って響き渡る鼓動。こんな風に心を許して、身体を明け渡せるのは、歩にとって片岡しかあり得ない。
「賢介・・・」
「・・・うん?」
「好き。」
「そう?」
「うん。」
悟史に心振り回されていた自分の言うことなんか俄かには信じ難いだろう。自分が片岡でもきっと同じような反応をすると思う。
これから迎える別離の一年は、自分と片岡にとって己の気持ちと向き合うための試練の一年だ。
歩が悟史への想いを完全に思い出にしても、それまでずっと片岡の心が自分にあるとは限らない。好かれている事をいいことにその上で胡座をかいていたら、きっと片岡は近い将来歩のもとから去ってしまうだろう。
そばに居てほしい。ずっと好きでいてほしい。その心を自分のもとに繋ぎ止めておきたいと、初めて強く思った。
「賢介」
「ん?」
「俺・・・信じてもらえるように、頑張る。」
振り返って片岡を見たら、嬉しそうに微笑む顔がこちらを見ていた。
「わかってるよ、歩が真剣なのは・・・。ただ・・・」
「ただ?」
「俺に・・・自信がないだけ。」
どういう意味だろうと、片岡の話を待ったけれど、苦笑いを浮かべて笑ったきり首を振るだけだった。
「歩、受験終わったら、すぐに戻ってくるから。」
「うん。」
「待っててくれる?」
「待ってる。だから・・・またこうやって、抱き締めてほしい・・・」
勇気を振り絞って強請ってみる。片岡が目を丸くして破顔したので、どうやら自分のお誘いは成功したようだった。
震えて立ち上がる屹立に片岡の温かい息がかかる。視界を奪われているから、他の感覚が研ぎ澄まされて敏感になっている。なおさら気持ちが昂ぶった。
「あ、なに・・・ヤダ・・・あッ・・・」
生温かく湿ったものに硬茎が包まれる。脳天に響くような快楽に、驚いて目を開いたものの、片岡がこちらに背を向けて歩の下半身に覆いかぶさっていて様子を伺い知る事ができない。けれど何をされているのかは、回らない頭でもわかった。
「けんすけッ・・・ダメッ・・・汚い、よ・・・」
「んッ、ふ・・・ん、ッ・・・」
彼の柔らかい唇が勢いを増していく分身をリズム良く擦り上げていく。吸われるたびに達しそうになるのに、羞恥心が邪魔をして力んでしまう。
「ぁ・・・けんす、けッ・・・あ、ヤダ・・・」
「・・・ッ・・・ふッ・・・」
「出るッ・・・けん、ぁ・・・も・・・」
気持ち良さに形振り構わず仰け反って、必死に快感をかわす。彼の口に放ってしまいそうで慌てている歩に反して、片岡は丹念に愛撫を続けた。
「ッ・・・けん、すけ・・・」
硬茎を熱が駆け上ってくる。気持ち良くて、恥ずかしくて、感情が振り切れて目尻から涙が溢れた。このまま身を任せて達してしまいたい気持ちと、居た堪れない気持ちが交差する。けれど温かい口内に包まれて、我慢しながら彷徨うのもすぐに訪れた限界に終わりを告げる。
「うッ・・・ん・・・ッ・・・」
「・・・ッ・・・ふッ・・・」
全身が焼き切れてしまいそうな絶頂を迎えて、感じるままに膨れ上がった快感の証を放つ。吸われるたびに指先まで震えが走った。
「けん、すけッ・・・やッ・・・あたま、おかしく、なる・・・ッ・・・」
片岡の背を行き来していた歩の手を、あやすように片岡の手が握ってくれる。過ぎた快感をやり過ごすために、歩は縋るように握り返した。
前に片岡とした時とは比べ物にならないくらいの羞恥と快感。恋人って二人でこんな絶頂を分かち合うものなのだろうか。そうだとしたら自分の心臓はこの刺激に耐えられる気がしない。
「歩、泣くほどビックリしたの?」
「だって・・・」
頬を濡らしていた涙を片岡が指で拭ってくれる。恐々片岡と目を合わせたら、彼の口元に行為の跡を見てしまって、身体が燃えるように熱くなった。
「セックスって、もっと凄い事するよ?」
「ウソ・・・」
これ以上を考えようと思っても頭はパンクして考える事を拒む。今日はしないと言った片岡は多分正しい。
「ねぇ、ココ貸して?」
太腿をさすって片岡が尋ねてくるが、何の事を言われているのかわからないまま、恐々頷いた。
「今日は痛い事、絶対しない。気持ち良くなるだけ。ね?」
「・・・うん。」
ベッドの上で背後から横抱きにされる。片岡の吐息が首元にかかって、少しくすぐったかった。
片岡が背後でゴソゴソと着ている物を脱ぎ去る気配がする。気になって後ろを向こうとしたところで、すぐに抱き締められてしまい身動きが取れなくなった。
彼の昂りが直に肌に触れてドキリとする。見えない分、肌でそのカタチをくっきりと感じ取ってしまい、心臓が心配になるくらい大きく鳴り始めた。
「歩。緊張してる?大丈夫だよ。」
そう言いながら腿を割って入り込んできた片岡の熱さに顔が急激に火照っていく。昂ぶって血の集まった彼の分身は驚くほど熱い。自分もさっき彼の口で爆ぜた時、こんな熱さを持っていたんだろうか。
「気持ちいい。歩、足閉じててくれる?」
「う、うん。」
片岡の手が歩の前に回ってくる。萎えたモノを掌に優しく包まれて、歩のそれはすぐに芯を持った。
九月初旬に迎えた試合を最後に、歩の先輩たちは部活を引退した。彼らにはこれから一年以上、勉強漬けの日々が待っている。その背中を送り出して、歩は気を引き締めた。
歩の高校のテニス部では必ずしも強いプレーヤーがキャプテンになるわけではない。なったのは小柳だった。歩は性格的に人を引っ張っていけるタイプではないので、指名されなかった事に心底ホッとした。
「倉橋差し置いてキャプテンは重圧。」
「俺はキャプテンとか無理。面倒見も良くないし。その点小柳は気が利くし、向いてると思うけど。」
「そう?」
「うん。」
「じゃあ、そういう事にしとくか。」
「そうだよ。」
小柳とは前から一緒に行動する事が多かったが、夏休みの一件でより友人としての距離が縮まった。積極的で顔も広い彼は、何かあるたびに誘い出してくれる。人見知りの歩には心強い友だ。
胸ポケットに入れていたスマートフォンが震える。片岡からのメールだった。今日会えないか、という誘い。浮き足立った気分で会えるよ、と返した。
大事な話があると言われて、いつものように片岡の部屋に上がり込む。あまり良い話ではない予感がして、早く聞かせて欲しいと願いながらも落ち着かなかった。
「歩」
「うん・・・」
「俺ね、転校するんだ。」
いつもと変わらぬ口調で唐突に降ってきた話に驚いて思わず、どうしてと口から言葉が溢れた。
「親父が転勤で・・・ついて行くよ。大学はこっちに戻ってくるつもりだけど・・・」
「・・・。」
「行きたくないけど、高校生の分際でどうこう言えないし・・・歩、こんな中途半端なままで、ごめん。」
突然の話で頭がついていかない。片岡に対して芽生え始めた気持ちが一気に膨れ上がるくらいには衝撃的だった。
「賢介・・・全然、会えない?」
「そんな事ないよ。長い休みの時はこっち来たいと思ってる。」
「会いたい・・・」
「歩・・・歩は、俺とどうなりたい?」
明確な答えを出していなかったのは歩の方だ。逃げていいと言ってくれた片岡に甘えていたのも自分。
「俺が大学に入るタイミングでこっち来るだろ? その時まで、ゆっくり考えて。」
答えを出そうと焦った自分に、待ってくれると言い出した片岡に呆然とする。歩に時間をくれるという。自分にここまで思われる価値はあるだろうか。縋って、待たせて、自分は狡い。甘え過ぎていると思う。
「急いでほしくない。ちゃんと考えて決めて。俺さ、歩の事・・・真剣に好きだから。」
「・・・。」
「ね?」
「・・・うん。」
堪らず、歩の方から小指を出した。片岡は意表を突かれたらしい。キョトンと目を見開いて、すぐに破顔した。
二人で指切りをして、約束をする。次に会う時は自分の決意を話せる自分でありたい。そう思いながら、片岡の指を握りしめて、名残惜しいと思いながらその手を離した。
前日まで辻褄の合っていなかったサーブ。しかし昨夜片岡に指摘された事を意識して取り組んだら、腰から手の先までの伸びが良くなった。練習も終盤に入ってくると、狙い通りに球が落ちていくようになった。やはりテニスは楽しい。そう思えるくらい精神的にも回復してきてホッとする。
合宿に入ってから初めての交流試合。なるべく多くのメンバーが出られるように、シングルス五人、ダブルス五組をそれぞれ出してトーナメント戦をする。
歩は先日のシングルス地区大会決勝で当たった相手といきなり初戦で当たってしまった。片岡に軌道修正してもらえていなかったら、危なかっただろう。
ラケットを握って、相手のサーブを見定めている時は、自分でも怖いくらい無心になる。しかし今はその集中できる感覚が嬉しかった。球が空に舞って、次の瞬間には高速でコートの中に鋭く走り込んでくる。たった一つその事だけを考えていればいいのだ。
相手のサーブが甘く入ってきたところを、すかさずフォアーハンドで返す。苦手だと思われるバックハンド側に深く入れると案の定彼は振り遅れてラケットの中央で球を捕えきれずに、球があらぬ方向へと飛んでいった。
必死で球を追い掛けて、息を切らすのは楽しい。試合も後半に差し掛かってくると汗だくだ。
「フィフティーン、フォーティー」
次に歩が決めればゲームセットだ。
相手が一本目のサーブをネットにかけてしまったところで、一旦切れた集中力をもう一度身体に呼び戻す。
彼にしては珍しく鋭く入った二本目のサーブを、歩は意表を突いてネット付近に落とす。反応できなかった相手が全く走り込むこともなく、ゲームセットになった。
圧勝できた事にラケットを強く握り締めて小さくガッツポーズを取る。正直なところかなり警戒をしていた。
散々自分の事を見ている片岡が入れ知恵をしているわけで、弱点もたくさん知られている可能性が高い。片岡も試合前、そこに関しては好きだからといって手加減はしないと宣戦布告してきた。
ベンチで見守っていた片岡にチラリと視線を送ると、深い溜息をつきながら苦笑している。
普段弱みばかり見せているから、嬉しい。彼に少しばかり勝気な自分を見せられて満足する。
合宿は男子と女子は別々。黄色の声援はない。今の試合に集中できたのは、この環境のおかげでもあるだろう。
中学時代はまだ体格も貧弱で、自分を囲う目はそこまで好奇の目で溢れてはいなかった。しかし高校に入って自分を取り巻く環境は変わった。
男女関係は気恥ずかしさより興味の方が勝っていくお年頃。女子が男子を見る目も、またその逆も、良くも悪くも露骨になってきた。付き合ったり別れたりという話も頻繁に耳にするようになる一方で、女の子に興味を持つどころか悟史にしか好意を寄せられない自分。全てに適応できなくて、囲まれるたびに戸惑いは増していくばかりだ。
目立つ容姿なのは自覚がある。可愛いと言われることから格好良いと言われる対象へ変わり、人見知りで大人しい性格が自分をクールに見せている。
褒められること自体が嫌なわけではない。けれど容姿からの印象が先行して、歩の心はいつも置き去りだ。
馬鹿騒ぎして男だけで盛り上がるコートの周囲。その環境にホッとしている。お互い汗塗れの身体で揉みくちゃになって、最後水道のある水場で皆でずぶ濡れになった。
難しい事を考えず、勝って喜んだり、仲間が負けて一緒に悔しがったり、とてもシンプルで周りがクリアに見える。
久々に思い切り笑った。
外出はできないから、片岡と二人ロビーの隅の方で並んで立つ。身体を限界まで酷使しているものだから、修学旅行のように盛り上がって夜通し騒ぐような事はない。歩と同じ部屋のメンバーではすでに夢の中にいる者もいた。まだ時刻は夜八時。中学時代からハードな練習をするのに慣れている歩は、疲れてはいるものの倒れこむほどの疲労は感じていない。
「歩、サーブのフォーム変えた?」
「え? いや・・・変えてない、つもりなんだけど・・・」
「そっか。調子は?」
「悪くはないけど・・・確かにちょっと、狙いとズレて入ること続いてて・・・」
「一ヶ月くらい前からじゃない?」
「・・・。」
悟史との事があって、環境を変えたのがその頃。サーブの精度が下がったのもその頃だ。だから片岡の指摘は正しい。
「背の伸びと手の伸びの角度がちょっとズレてるんだ。明日はそこを意識してみたら?」
「・・・うん。」
片岡はわかっているはずなのに、技術的なアドバイスのみで、他に追及してくることはなかった。気を使わせている。情けなくなるけれど、優しさが骨身に沁みる。
「歩、どうした?」
「うん・・・。」
促されるまま話そうとするものの、望むことをどう言葉にしたらいいのかがわからない。迷ったまま引き寄せられるように片岡の手に触れてみる。すると片岡が大丈夫だと宥めるように顔を覗き込んできて、人目を盗むように手を握ってくれた。
安心する。片岡の触れた手を伝ってくる温もりにホッとした。二人で黙ったまま手を繋いでいるだけで、また少し頑張る気力が湧いてくる気がする。
「慰めてほしくなっちゃった?」
「ッ・・・」
慰めるの意味が、身体の関係を指すのだと、歩にもわかる。望んでいた事はまさにそういう事だ。羞恥心で俯いたまま、こっそり繋いだ手を握り返して応える。
「歩は・・・俺に心までくれる?」
片岡の言葉に顔を上げて、自分が彼にとても酷い事を望んでいるのだと悟った。優しさにつけ込んで、身体を欲しいと願ってる。けれど心まで渡せないというなら、自分と真面目に付き合うことを望んでいる片岡に、あまりにも理不尽な話だ。
「ごめん、意地悪な言い方だった。いいよ、それでも。歩が後悔しないなら。」
小さな声で紡がれる片岡の言葉に罪悪感でいっぱいになった。彼にこんな事を言わせた自分が嫌になる。
「賢介、ごめん。俺・・・」
「歩」
「・・・。」
「気持ち、隠さないで。」
「でも・・・」
「いつか振り向かせるから。だから、余計な事、考えなくていい。」
真っ直ぐな目に見つめられて、歩は申し訳なさでいっぱいになる。片岡はそう言ってくれるけれど、良いわけがない。優しい彼の気持ちを蔑ろにして、それを踏み台に這い上がろうとするなんて間違っている。
「おい、片岡ぁ。コーチがおまえのこと、呼んでる。」
「わかった。行く。」
話が中途半端なまま、片岡に呼び出しが掛かってしまった。気まずいまま別れるのが悲しくて心細い。
「歩、ごめん。後でメールするよ。な?」
「うん・・・あのさ・・・」
「ん?」
「ちゃんと考える。賢介に迷惑かけたくない。」
「迷惑じゃないよ。好きで一緒にいるんだから、むしろ大歓迎。」
「・・・。」
ここで言い返さず、彼の優しさに甘えてしまう自分はやっぱり狡い。けれど歩の頭を撫で回して颯爽と去っていった片岡の後ろ姿は見惚れるくらい格好良かった。
片岡がマメに様子を伺ってくれるお陰で、どうにか持ち直して夏休みを迎えた。
結局、悟史とは行きも帰りも一緒には行かなくなった。早く出掛けて、美術室でデッサンをする事にしたのだ。
自分の心は自分で守れと片岡に口酸っぱく言われたのもある。期末試験やテニスの試合なども控えていたから、自ら距離を置く決心をした。
夏休み入ってすぐ、合宿へ向かったバスを降車してホテルの前で片岡と鉢合わせた時は驚いた。どこの高校と合同になるかまでは話を聞いていなかったからだ。しかしどうやら片岡の方は知っていたらしい。何事もなかったように手を振ってきて、コートのある方へ一足早く姿を消していった。
悟史の一件で泣き散らしてから、片岡は手を出してこなくなった。気分が沈んでいる時は抱き締めてくれるけれど、キスを仕掛けてくることはないし、それ以上はもちろんない。
恋を休もうと言ってくれた本人だからこそなのだろうけれど、少し彼の温もりに飢えている。
柔らかい唇に触れて包まれ、頭を真っ白にするほど快感得て、その温かさに溺れてしまいたい。そう願うようになった自分の心境の変化に少し驚いたけれど、それが正直な気持ちだった。
合宿中に話せる機会があるなら、せっかく近くにいるのだし、打ち明けてみようかと考える。あまり人に意見できる性格ではないのだが、片岡には最初から心の内を見せてしまっているから、思う事を正直に話しても軽蔑されたりしないだろうという安心感があった。
今までの自分からしてみたら進歩だ。人に寄り掛かれる。その心地良さを知って、恐れないで済む。片岡は一緒にいるとそういう時間をくれる。
好きなのかどうなのかは、よくわからない。悟史に対して抱く激情とは明らかに違うけれど、だからと言って、他の友人たちに抱く距離感ともまた違った。
荷物を部屋に置いて、着替えを早々に済ませる。身軽になった身体で深呼吸をして伸びをした。身体を必死に動かす時は、余計な事を考える暇がない。合宿中はコートに入る時間よりも、筋力トレーニングやストレッチに多くの時間を費やすからなおさらだ。
考え事をしていると、筋肉の動きにムラが出て違和感として脳に伝わってくる。身体はとても正直だ。だから動かす筋肉に全神経を注ぐので身体は疲れるが、心はリラックスできる。自分に夢中になれるものがあって良かったと、こんな時だからこそ思う。
歩はまだ一年生だ。単純に試合の勝率を言えば歩の方が上を行くが、ここは学校。運動部の部活動では学年での上下関係がある。先輩たちがウォーミングアップの後早々にコートへ入っていく姿を見ながら、歩も他の一年生と同様に球拾いや素振りの練習をする。
しかし歩はそれで良いと思っている。ただ強くなりたいだけならテニススクールへ行けばいい。部活動はクラスメイトとは違った顔触れで一つの事に熱中できるから面白いのだ。人見知りの自分でもテニスを通せば少し積極的に行動していけるからここにいる。だからこれでいい。
コート周囲での走り込みを終えて、球拾いの順番が回ってくる。隣りのコートでは片岡がマネージャーとしての務めに精を出していた。
強豪校であればあるほど、マネージャーは仕事が多い。サポートする項目も増えていくものだと言っていた。
歩の所属するテニス部にはマネージャーはいない。弱くはないが、ちらほら強いメンバーがいるくらいで、団体で見た時はさほど強豪でもない。歩の高校はあくまで進学校という色が強かった。
先輩たちのラリーを見ながら、つい片岡の姿を目で追ってしまう。余所見をしているとボールを取り溢してしまうなと思い直し、先輩たちのラリーへ意識を集中させた。
陽が暮れてきて両校とも撤収をし始めると、片岡の方から声を掛けてきた。
「大丈夫?」
第一声がそれって、自分はどれだけ彼を心配させているんだろうと、今までの言動を振り返って反省する。
「飯食べた後、一時間くらい時間あるけど、そっちは?」
「うちもそんな感じ。」
「少し、話そう。何かあるんだろ?」
顔に出ているのだろうか。自分で顔に出している自覚がないから心配になる。
「コートでちらちら視線感じたからさ。それとも、惚れてただけ?」
揶揄うような口調で言われ、自分でも気持ちがよくわからないまま赤面する。視界に片岡の姿を入れていたことが筒抜けであったことが、どうにも居た堪れない。
「じゃあ、また後で。時間空いたらメールするよ。」
去り際に片岡の手が歩の手に触れる。微かに触れただけだったが、通り過ぎた温もりに少しだけ体温が上がる。
欲しい時に欲しい言葉をくれる。そして温もりを分けてくれる。その優しさに気恥ずかしさを覚えつつも、急速に絆されていく自分を感じる。
もっと近付いて、もっと触れてみたい。
身体から湧き上がってくる未知の感覚が少し怖い。けれど好奇心の方が遥かに勝ってもいた。
歩は部活仲間と慌てて合流しながら、片岡へ傾倒していく自分を確かに感じた。
失恋をして、まだ気持ちを傾けきれていない相手に縋り付くのは、たぶん間違っている。けれど自分の胸があげる悲鳴をわかってほしくて、包み込んでほしくて、すぐに片岡と会う約束をしてしまった。
散々泣いた翌朝、腫れた目をなんとか保冷剤で冷やして出掛ける。学校のトイレの鏡で顔を確かめてみたけれど、幾分惨めな面構えをしているだけで、泣いた跡はちゃんと消えていた。
初夏の暑さで熱せられた水道水は生温かったけれど、顔を水に触れさせていくことで、気持ちが落ち着いてくる。教室で座席に着く頃には、いつもの体裁を取り繕える精神状態まで戻った。
今日はやらなければならない事を、淡々とこなせばいい。一つひとつに集中して、悟史の事を意識の全てから排除する。
片岡に会うまでは我慢し通す。彼に会えるまで、あと半日。先の見える時間が歩の心を冷静にさせてくれた。
「倉橋。これ、先輩から。」
「あ、夏の練習メニューか。合宿の日程ってこれからだよね?」
「ああ。どっかの学校と合同みたいだから、練習試合も組むらしいよ。」
「へぇ、合同なんだ。」
「恒例なんだってさ。」
同じテニス部のクラスメイトがくれた情報が確かなものなら、片岡と同じになる事も有り得るのかなと思い至る。少しばかり気持ちが逸って期待してしまう。
もう振り返るべきじゃない。好きな気持ちは過去に置いて、思い出にしなければいけない。そんな事がチラリと頭を過ぎって、昨夜崩壊した涙腺が再び緩みかける。こんなところで泣くわけにはいかないと力んで、なんとか涙を堪えた。
落ちては浮上して、またどん底に落ちる事の繰り返し。感情の起伏が激し過ぎて疲れてしまう。部活が終わるまでこの心が持ち堪えてくれるか不安だった。
無意識に目を向けた窓の向こう側に、想い人を見つけてしまう。次がどうやら体育の授業らしい。
鍛えられた身体で、クラスメイトとサッカーボールを追いかけている。彼のクラスメイトが悟史に身体をぶつけに行って、逆に跳ね返されていた。
小さい頃は歩も一緒にボールを追いかけた。けれど身体を跳ね返される事はあまりなかったなと思う。今思うと変な話だ。俊敏だったとはいえ、子どもの頃の一歳違いは大きい。ましてや身体の大きかった彼に跳ね返される事がなかったなんて。
悟史は昔から歩には優しかった。怪我をしないように、いつも側で見守ってくれて、彼自身の性格もあるとは思うけれど、乱暴をされたことがない。
歩が彼からボールを奪える事は多かった。彼はきっと、優しさで譲って褒めてくれていただけだったのだ。
弟だった。悟史にとって自分は守るべき存在で、対等じゃなかった。子どもの頃から染み付いたその関係は今もこの先も、きっと変わらない。
悟史が昨日迎えに来てくれたのも、歩が純粋に心配だから。何の裏もない。ただ歩が危ない目に遭わないか心配だから迎えに来た。
グラウンドで駆ける悟史の姿を目に焼き付ける。この恋は叶わない。そして彼が歩の想いを知る事もないだろう。
この気持ちに区切りをつける時が来たのだ。悟史と永遠に幼馴染でいよう。歩は彼の背中を目で追い掛けながら、そう決めた。
恋人という存在を深く掘り下げて考えた事がなかったから、片岡に触れられた事で漠然としていたものが急に現実味を帯びた。
恋人と友だちの境界線は身体の関係があるかないかだろうなと、至らない頭で考える。悟史に触れてみたいと思ったことはある。けれど具体的に思い描けていたかと問われると、今となっては考えが甘かったと言わざるを得ない。
悟史との身体の関係を想像してみても、しっくりこない。好きなのに、何かが違う。片岡に触れられて、その思いは強くなった。
何かを履き違えていたのか。兄弟のように近い関係から生まれた独占欲を、恋と勘違いしていたとしたなら、幾分気持ちは軽くなる気がした。
どっちつかずの自分が情けなくて、ナイフで鉛筆を削りながら、物思いに耽ってしまう。溜息をついては、一本一本書き足す線に、心の靄が重なっていく。紙に写し出されていく人物の顔は先ほどから物憂げだった。
「なんか寂しげ? でもよく描けてるよ。ただ欲を言えば、もうちょっと正確性が欲しい。動かないものを支点にして、そことの距離感を把握していくと、どこにリアリティが欠けてるかわかると思うから。あと一時間、頑張ってみて。」
「はい」
週に一度だけ美大進学のための予備校に通うことにした。やりたいのはデッサンだけだったので、自分で自由にカリキュラムが組めるところを選んだ。
毎日の積み重ねが大事だと言われ、予備校へ行かない日は家で一時間と時間を決めて、身近にあるものをひたすら描いている。
今日は待ちに待った入会初日だったのに、頭の中は悟史と片岡の事が交互に襲ってきて忙しない。目の前にあるものを無心で描くというのがいかに難しいか思い知った。
学校の授業のように短時間ではなく、長い時間向き合う。その分心の荒れ模様も絵に出てしまうのだ。
上手く描こうとは思っていない。数をこなせば腕そのものは上達していくものだと思うからだ。無理に背伸びする必要性はあまり感じない。けれど自分の心情が写し出されてしまうのは、少し居た堪れなかった。
指導された事を、頭の中で反芻する。目印になりそうな支点を探して窓枠が目に飛び込んでくる。狙いをそこに定めて、再び鉛筆を動かし始めた。
予備校からの帰り道、予期せぬ待ち人に足が止まる。
「悟史・・・」
きっと今までの自分なら嬉しくなって、小さな幸福感を噛み締めていただろう。けれど歩の頭を過ぎったのは片岡の顔だった。やましい事などなくても、片岡にはこの状況を見られたくない。そう思った。
「迎えに来た。」
「・・・なんで?」
「塾の申し込みの帰り。歩のおばさんとたまたま昨日話して、心配してたから寄った。」
「大丈夫だよ。小さい子どもでもあるまいし・・・」
「歩」
こちらの言葉を遮るような、悟史の凜とした声に心臓が止まりそうになる。射抜かれるような目で見られて、逃げたくなった。
「最近、避けてるよな。」
「ッ・・・そんなこと・・・」
「いつまでも幼馴染みに縛られるのは嫌だっていうなら仕方ないけど・・・。それならそれで、言えよ。おまえのこと、弟みたいに思ってきたんだから、突然避けられたら何だと思うだろ? 俺、何かしたか?」
悟史は潔い。曇りない眼差しで見られて、知りたくない現実を突きつけられる。悟史は本当に、自分のことを弟だとしか思っていない。そしてやっぱり自分は悟史に恋をしていた。
悟史の言葉一つひとつが胸に突き刺さる。欠片も望みがない事を、たった今、自分は思い知らされたのだ。
何も悟史に言い返す事ができなかった。やっぱりこの気持ちは封印してしまうしかない。墓場まで持っていくべきだ。
壊したくない。こんな大事な人との関係や未来を。無かったことにされたくない。悟史と大切に過ごしてきた時間を。好きになってしまった事も全て、自分にとってはかけがえのない宝物だ。
「悟史」
「うん?」
「悟史といるのが嫌なわけじゃなくて・・・ただもうちょっと人見知りもなくして、広い世界を見れたらな、って思ってるだけなんだ。」
「そっか・・・。おまえ不器用だもんな。色んなもんに手出し始めて、俺の事忘れてただけってやつ?」
「まぁ・・・そんなとこ。」
「悪かった。ちょっと深読みし過ぎた。」
「ううん。俺の方こそ・・・ごめん。」
謝った本当の訳を、悟史が知る必要なんかない。知られたくない。ずっとずっとこの胸に仕舞っておく。この気持ちをなかった事にはできない。だから、悟史を好きになった気持ちは、自分だけの大切な宝物だ。
悟史と一緒に歩いた帰り道、歩は泣く事はなかった。悟史の前で泣いてはいけない。彼に心の内を見せる日はないだろう。
一人真っ暗な部屋に辿り着いて脱力する。両親は仕事で今夜も遅いと言っていた。その晩、歩は一人蹲り、気の済むまで泣き腫らした。
心臓はまだ煩く鳴っているけれど、幾分頭が冴えてくると自分だけこんな醜態を晒していることが居た堪れなくなってくる。恐る恐る片岡の前に手を伸ばして布越しに触れてみる。
「歩?」
片岡の身体が微かに震える。触れてみたそこは硬くて、すでにカタチを成していた。歩が緊張した手で触れていくのを、片岡はただ黙って見ている。
自分と同じように前だけ寛げて、飛び出してきた硬茎を手で包み込んでみる。嫌悪感は全くなかった。表情を窺ってみると、余裕のあるいつもの大人びた雰囲気は消えていて、眉を顰めて歩の行為を受け止めている。
彼の気が高まっていくのがわかる。手の中で勢いを増していくのを見ながら、歩も胸が高鳴る。片岡が歩の肩口に顔を伏せてきて、彼の息遣いを肌で感じる。二人で心臓を忙しなく動かしながら、行為に没頭した。
片岡が再び歩のものにも触れてくる。腰を引き寄せられて、互いの昂りが擦れ合う。眩暈のするような刺激的な状態に、驚いて手を離しかける。すると片岡が手を重ねてきて、二人で互いのものを寄せ合って扱いた。
噛み付くようにキスをされて、上がる息に頭が朦朧としてくる。気持ち良くて、破壊的な刺激で昇りつめるのに、そう時間はかからなかった。
「歩・・・」
「ぁ、けんす、け・・・」
歩は情けない声を上げて片岡に縋り付く。揺れそうになってしまう腰を堪える事で必死だった。とんでもなく恥ずかしいのに、全身の自由を奪っていく快楽は甘美だ。歩の手に添えられた片岡の手が、二人で絶頂を迎えるための動きに変わった。
「ッ・・・ぁ・・・まってッ・・・」
「そんな、待てるわけ、ないだろ・・・」
うわ言のように溢した歩の言葉に、片岡が余裕のない声で返してきた。
一際強く擦られて、身体が震えて弛緩する。二人で一緒に息を詰めた。
「んッ、ん・・・ぅ・・・」
「ッ・・・ん・・・」
白濁の蜜が二人分たっぷりと散って、手を濡らしていく。震えて心許ない身体を、片岡がしっかり抱き締めてくれた。
「歩から触ってきたんだから、文句はなしだぞ。」
「・・・うん。」
「そんな顔してたら、また襲いたくなるだろ。もう・・・」
そんな顔って、どんな顔だろう。快感の波に攫われたまま、なかなか意識が浮上してこない。片岡の言葉も話半分にしか頭に入ってこなくて、相槌すらまともに打てない状況だった。
「歩、さすがに自分でした事はあるよな?」
「・・・する、けど・・・」
「反応が初心過ぎて、心配なんだけど。」
ぐったりと脱力している歩をよそに、片岡が吐き出された二人分の蜜を手早くティッシュで拭っていく。それを呆然と見ながら、今二人でした行為を思い返して顔が熱くなる。すでに火照っていた顔は、さらに沸騰していった。
「可愛い。」
「揶揄わないでよ・・・」
「揶揄ってないよ。本心だから。」
「ッ・・・」
恥ずかしくて堪らず、頭突きでもする勢いで片岡の胸に突進していく。すでに行動を読まれていたのか、片岡は難なく歩を受け止めた。
会いたくなったら会う。自分にとって都合の良過ぎる関係はかえって落ち着かないものだと知った。
自分が会いたくなったら片岡を呼ぶように、片岡も会いたい時には自分を呼び出す事を約束させて、中途半端な関係にカタチだけでも終止符を打った。
誰かとデートしている自分を想像したことなどなくて、はっきりとした目的もなく片岡と会っているのが未だに不思議で仕方がない。けれど思った以上にこの状況が楽しかった。多分新しい世界に飛び込めた事が、心の重荷を解いたのだと思う。
今までの友人と片岡が違う点は、何も隠す必要がないことだった。悟史を好きな自分を否定しなくていい。ただその事実を受け止めてくれるから、素のままの自分でいられる。その事がただ嬉しかった。
「でも、何で俺?」
「好きになるのに、理由なんてある?」
「・・・そう、だね。」
確かに片岡の言う通りだ。悟史を好きな理由なんてわからない。むしろ教えて欲しいくらいだった。理由が付けられるくらいなら、たぶん諦める事も簡単だった。わからないから辛い。好きな気持ちがいつまで経っても消えない。
「ところで、歩。」
「うん?」
「俺の名前言ってみて。」
「え? 片岡・・・」
途中まで言い掛けて止まる。そういえば忘れたきり思い出してもいなかったし、聞いてもいなかった。今更過ぎて冷や汗が出る。
「けんすけ」
「けんすけ・・・」
「賢者の賢に、すけは介入の介。」
「自分で賢者とか言うんだ。」
思わず吹き出したら軽く小突かれる。
「付き合ってくれるなら、今度から名前で呼んで。」
「ッ・・・」
「歩ってさ、初心だよね。そういう可愛いところも好き。」
前も似た様な事を片岡に言われた。男の自分に可愛いというのは褒め言葉なんだろうか。悟史の事も片岡の事も、それぞれ好意を持っていても可愛いと思った事は一度もない。
首を傾げて訝しむ。すると片岡が面白いものを見るように笑った。
二人で市内にある大きな図書館へ来ていた。軽食も取れるようなカフェと、子どもが室内で遊べる遊具を備えたスペースなども併設されていて、片岡曰く、バブル時代の産物らしい。図書館としてのスペースも広大で、書庫も同じように広いため、書籍の所蔵も膨大だ。
デートと言えば、映画館や遊園地なんていう定番もあったけれど、人目を気にしてしまう歩のことを思って、片岡は避けてくれた。一緒にいて気疲れするのでは意味がない。興味のあるものは互いに違うけれど、ここなら概ね網羅している。
片岡はテニス部のマネージャーをしていることもあってか、スポーツ工学に興味があるらしい。大学もその方面を目指していているという。
歩は建築物の写真や絵画の画集を眺めているのが好きだった。しかしそういうものは高額で学生の身分では手が出しにくい。
そこで片岡がぴったりな場所があるといって、連れ出してくれたのがこの図書館だった。
二人で思い思いの蔵書を引っ張り出してきては読み耽る。静かな館内ではお喋りもほとんど聴こえてこない。
好きな事を純粋に楽しめるのは久しぶりだった。そう思うと、自分が最近どれだけ悟史に振り回されていたかがわかる。やりたい事に没頭することもできていなかったのだ。
建築物の写真集をめくっていると、気に入った作品を見つけた。持ってきたスケッチブックを取り出して形を取っていく。
「上手だね。」
頭上から片岡の小さい声が上がる。さっきまで席を離れていた片岡がいつの間にか隣りへ戻ってきていて、歩が鉛筆を滑らせているスケッチブックを覗き込んでいた。
「練習?」
「うん。それと、これを元にして模型を作るんだ。」
「そうなんだ。なんか、凄い。できたら見せて?」
「うん。」
時間はあっという間に過ぎた。少し後ろ髪を引かれながら二人で図書館から帰路へ着く。方向が別々なので、駅の改札口で手を振って別れた。
好きな事に集中することの楽しさを思い出させてくれた片岡。恋で頭がいっぱいで身動きが取れなかった時より、何倍も充実した時間を過ごせた気がする。
悟史の事は、やっぱり好きだと思う自分がいる。けれど今の自分にとって悟史を想い続ける事は重荷にしかならないのかもしれない。そんな事を考えながら駅から家までの道を歩いた。
空も明るい内に片岡と駅で別れて帰路に着いた。一人電車に揺られて考える。悟史の事、片岡の事。
悟史と進展する事が考えられない現実を突き付けられてショックを受けたわりには、片岡の言葉と人柄に救われた。自分は優しい人に弱い。
片岡は、悟史への想いも見抜いた上で、それでも付き合いたいと言ってくれた。好きなままでも良いから、という片岡の言葉は自分にはこれ以上ないくらい甘い誘惑だ。嫌いになれない、振り切れないという事を、片岡はわかった上で付き合いたいと言っているのだ。
けれどそれは狡い考えだと、頭のどこかで諌める自分がいる。不誠実だと思ってしまう。
「はぁ・・・」
何度目かわからない溜息をついて、晴れ渡った空を見上げる。心も雲一つなく晴れる日が来てくれたら良いのに、と途方もないことを願った。
部屋に帰り着いて淀んだ空気を入れ替えようと窓を開けたところで、向かいの部屋のドアが開いた。部屋に悟史が入ってきて、こちらにいる歩の存在にすぐ気付く。
「帰ってたのか?」
「・・・うん。今、帰ってきたところ。」
「そうか。」
いつもの癖で、彼の部屋に上がり込む理由を探し始めている自分に気付き、うんざりした。今、悟史の元へ行ったら、悩んだ事が無駄になる。そんな気がした。
ずっと一番の友でいたい。それ以上を望まない。帰り道、自分の胸に言い聞かせた決意が、今会えば崩れ去ってしまう。それくらい自分の決意は脆いという自覚があった。
会いたくて、会いたくない。友だち以上になりたくて、この関係が壊れる事を何より恐れている。
「やっぱり、ちょっと具合悪かったみたいで・・・寝るね。」
「大丈夫か?」
「寝れば大丈夫。疲れてるだけだと思うから。」
想いを断ち切るようにカーテンだけ閉めて、視界から悟史を消した。ベッドまでの僅かな距離、溢れた涙が床を濡らした。嗚咽が漏れるほど泣くのは久しぶりで、止める術がわからない。
こんなに好きなのに言えない。悟史に想いを伝える勇気はない。
子どもの頃は大好きだと言えた。手を繋いだ。泣いたら抱き締めてくれた。けれど今それを悟史に望むことはできないのだ。
言ってしまったら、悟史はきっと困るだろう。優しいからこそ、歩を断ち切ることはしないだろう。けれど想いが交わらないなら、歩にとってそれ以上の生き地獄はない。
誰でも良い。助けて欲しい。自分の初恋は今となっては苦しみしか生まない。
浮かんだ顔は片岡だった。彼ならきっとこの気持ちをわかってくれる。好きで、虚しくて、途方もないこの混沌とした心を掬い取ってくれる。もしかしたら癒す方法も知っているかもしれない。
ベッドに重い身体を横たえて、泣きながらスマートフォンを立ち上げる。交換した連絡先を別れてすぐ使う羽目になり、自分の心の弱さが情けなかった。
《都合の付く日に会いたい》
たった一行、縋るような気持ちで送信した。すぐにバイブレーションが手の中で響く。
《明日、放課後どう? そっちの学校の最寄駅まで行くよ》
歩の高校まで来てしまったら、片岡には遠出になるだろう。けれどそれでも来てくれると申し出てくれた片岡の優しさに、心が温かくなる。
二人で何度かメールを送り合う。そして片岡から来た、返信不要と打たれたメールを最後にやり取りを終えた。
「返信不要、って仕事のメールみたい・・・」
なんだか妙に業務的なメールに可笑しくなって、一人小さく笑う。優しい彼と一緒にいたら、いつかこの傷も癒える日が来るかもしれない。さっきまで抱えていた絶望的な気分から少し浮上する。
本当は話を聞いて欲しいからメールしただけだった。けれどメールを終えた今では、付き合ってみようかと思い始めている自分がいた。
二人で入った喫茶店は高校生が入るような雰囲気ではなかったものの、メニューに目をやったら、チェーン店のコーヒーショップと大差ない値段だった。地元の憩いの場として機能しているらしく、ラフな格好をした年配の人が、それぞれ新聞や本を片手にコーヒーを飲んでいた。
「歩のこと、初めて会った時から気になってた。サーブで打ち込む瞬間の身体が綺麗だよね。別に変な意味じゃなくて。無駄な力が入ってなくて、自然なんだ。見てて清々しい気分になるよ。」
惚れ込むところがマニアックで少し笑えた。クスッと笑みを零した歩を見て、片岡が頬杖を付いたまま笑いかけてくる。
「よかった、笑ってくれて。」
「ごめん。ビックリしたから、その・・・」
「いいよ。狡い事したのは俺の方だから。ビックリしたのは告白の方じゃなくて、彼の事だろ?」
「俺・・・顔に出てた?」
顔に出ているのならマズい。悟史にいつか気付かれてしまうかもしれない。もしかしたら、もう気付いているかもしれない。
そう思ったら、途端に怖くなった。もし気付いていて何も悟史に変化がないのだとしたら、なかった事にされているということだ。
「ずっと見てたから気付いただけだよ。普通の人が見れば、凄く仲の良い友達にしか見えない。」
「そっか。」
片岡の言葉を聞いて、気休めでも少しホッとする。
「最初、付き合ってるのかと思った。」
「え?」
「でも、見かけるたびに見てたら違うんだな、ってわかったよ。」
「付き合ってないよ。俺が一方的に好きなだけ。」
初めて言葉にしてみて、悲しさは増した。消えてなくなってしまいたいほど、せつなくて苦しい。
けれど片岡には不思議と話せる。少なくとも同性に恋をしている自分を隠さずに済んでいるのだから、今までの自分からしてみたら途轍もない進歩だ。
「変だよね・・・」
自虐的な言い方をして、すぐに後悔する。片岡だって同性の自分を好きだと言っているのだ。自分の発言がそれを否定する言葉だと、言った後に気付く。
「ごめん。あの、そうじゃなくて・・・」
「いいよ、別に。歩はもしかして、初めて?」
「え?」
「人に話すの。」
「・・・うん。」
「そっか。」
パスタをフォークへ巻き付けた片岡が、そのフォークを歩の口元へと突き出してくる。
「冷めちゃうから、取り敢えず食べなよ。美味しいよ、ここの。」
「う、うん。」
突き出されたフォークを受け取って、パスタを口に入れる。口の中で広がったトマトの酸味と甘みが程良くて美味しいかった。一口食べて、相当お腹が減っていたことを今更思い出す。午前中は試合でコートを駆け回っていたわけだから、お腹が空いていて当然なのだ。
「歩」
「うん?」
口に沢山頬張ったまま、間抜けな顔で片岡へ応える。
「良い食べっぷり。ちょっと意外で可愛いな。」
可愛いなどと言われたのは子どもの頃以来だ。咽せた自分に、片岡が遠慮なく笑う。歩もつられるようにして笑った。
「もったいないよ。ずっと片思いのままでいいの?」
さっきまでの自分なら少し感情的になりかねなかった言葉も、笑って力が抜けていたので、冷静に受け止める事ができた。
片岡の言葉は最もなのだ。悟史と自分との距離をどうしていくのかは、自分にとって重要な問題だった。
「あいつと、これ以上距離を縮められる?」
片岡に問われて、考えるまでもなく首を横へ振った。
「怖くて・・・言って、嫌われたらって思うと、今のままが良い・・・」
「歩、それが答えだよ。」
「え?」
「言えないんだろ? だったら、ずっと幼馴染だ。」
片岡の言葉が胸を静かに裂いていく。けれど痛みで狂うほどではない。言われるまでもなく、わかっていた事。ただそれを片岡が、明確な言葉にしてくれただけに過ぎない。
「辛いよ。俺、同じ経験をして、結局耐え切れなくて・・・俺から壊しちゃったんだ。」
片岡が、歩と悟史の関係に口を挟んできた理由が少しだけわかった気がした。大事な友という立場と、恋人という特別な関係を望む心を天秤にかけ続けて疲れてしまったのだろう。それまで築いてきた関係を壊すというのはどういう事なのか。
一緒にいられなくなるだけではない。心の拠り所がなくなるということだ。
もし悟史とそんな事になってしまったら、自分は耐えられるだろうか。片岡のようにまた次の恋に進めるんだろうか。考えただけで自分が自分でいられなくなりそうだ。自分だったら、一生後悔してしまう。きっと立ち直る事なんてできないだろう。
「一度、考えてみて。そこに、俺と付き合うっていう選択肢も足して考えてくれると嬉しいんだけど。」
ちゃっかりしている片岡に、うっかり苦笑いが溢れる。片岡が不服そうに眉を上げたけれど、すぐに彼の顔からも笑みが溢れた。