不動産屋が二人で暮らすのではないかと勘違いするほど、片岡は頻繁に歩に意見を求めた。歩の気に入った部屋に決めると言ったのは本気なのだろう。
歩と多くの時間を過ごす事が前提で進められる話が、恥ずかしくもあり嬉しかった。片岡が変わらず自分を想ってくれていることがわかったからだ。
会ってから少し素っ気ないような気がしていたのは、単なる気恥ずかしさからだろうか。目を合わせようと思うのに、なかなか合わない。合ってもすぐに逸らされるから、二人でホテルの部屋に行き着いた頃には頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。
「部屋、すぐに決まって良かったね。」
「そうだな。」
「ねぇ、賢介?」
「ッ・・・」
立ったまま、向かい合ってみる。逃げられないように片岡の両腕を掴んで目を合わせた。
「賢介・・・何か怒ってる?」
「怒ってないよ。」
「どうして、目合わせてくれないの?」
「・・・。」
「・・・。」
歩の行動に片岡が戸惑っているのが見て取れた。けれど片岡がどうしてそんな反応をするのかがわからなくて首を傾げる。
「賢介、一年前に言えなかったこと、今言っても、もう遅い?」
どうしよう。浮かれているのが自分だけだったら。会えて嬉しかった気持ちが急速に萎んでいき、不安でいっぱいになる。無言のまま歩の話を聞いているだけの片岡の姿が、余計に歩の不安を煽った。
「好き。賢介のこと、好き・・・。」
片岡に告げるための言葉をたくさん考えていたのに、そんなシンプルな言葉しか出てこなかった。目を見て言うことすら叶わなくて、情けなさでいっぱいになる。
何も言ってくれない片岡の顔を見るのが怖い。けれど沈黙に耐え切れなくて顔を上げたら、片岡はただ俯いていた。どうしたのかと気になって恐る恐る覗き見ると、片岡が慌てて顔を背ける。しかしその拍子に零れ落ちた雫を見て、歩は初めて彼が泣いているのだと気付いた。
「賢介・・・?」
「ごめん・・・」
「・・・。」
「なんかホッとしたら・・・ごめん。格好悪いから見ないで・・・」
片岡はそう言うと、あっという間に歩を引き寄せて腕の中にすっぽりと歩を抱き寄せた。
「嬉しい・・・。ずっと、ずっと不安だった。俺ばっかり好きで・・・」
「そんなこと・・・」
そんなことない、と言おうとして口を噤んだ。一年前まで、片岡に取っていた自分の態度はそう言われても仕方のないものだったし、事実、悟史への気持ちが勝っていたのだ。
「本当は・・・辛かった。縋ってくれるたびに期待して、歩があいつの事で泣くたびにショックで・・・。まだダメなんだ、って何度も思い知らされたから・・・」
「・・・ごめん。賢介、本当にごめん。」
自分の事で精一杯だったとはいえ、賢介にとても残酷な事を強いていた。大丈夫だと言ってくれる優しさに甘えて、狡いことばかりしていた自分が恥ずかしい。申し訳なくて、せめて今の気持ちが伝わればいいと、思い切り片岡を抱き締め返す。
「歩」
「うん?」
「歩が俺のことを好きだって、証明して。」
「賢介・・・」
「欲しい。歩をちょうだい。」
「うん、いいよ。」
未だに欲しいの意味はよくわからないけれど、自分にできることがあるならしてあげたい。片岡の望むままにしてほしかった。
「撤回できないからな。」
「しないよ?」
ようやく向き直って二人で見つめ合う。片岡の目は潤んでいたけれど、彼の顔が笑顔に変わっていたので安心する。ようやく笑ってくれたことが、何より嬉しかった。
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朝霧とおる