嬉しそうに手を振る歩は、一年前より遥かに生き生きとしてそこに立っていた。少し顔付きが大人びて勇ましくもなった。そして何より、真っ直ぐと向けてくるその眼差しに、賢介はうっかり泣きそうになる。
真っ昼間の新幹線改札口で泣くわけにもいかない。堪えて駆け寄り、久しぶりと声を掛ける。照れて笑う顔は変わっていなくてホッとした。
「賢介、合格おめでとう。」
「ありがとう。待たせた?」
「ううん。あのさ・・・」
「うん?」
「不動産屋行った後、何か予定ある?」
部屋さえ決まれば用事はない。ビジネスホテルに一泊して帰るだけだ。
「何もないよ。どこか行く?」
「あ、いや・・・賢介の泊まる部屋、行っちゃダメ?」
「一緒に泊まる?」
「ッ・・・」
冗談で言ったのに、声を詰まらせて赤面した歩に、賢介もつられて顔が熱くなる。
「泊まっても、良いの? あ、ちゃんとお金は出すから・・・」
来るとまで言い出した歩に驚いて、彼を呆然と見つめる。流されてばかりで頼りなかった彼ではなくなっていた。一年という時間は自分たちにとって成長するのに十分な時間で、自分が望んだ以上に真っ直ぐな目を向けてくれることが嬉しかった。
歩はわかっているだろうか。一緒に夜を過ごしてこちらがどんな事をしたいと望んでいるのか。何もわからず、ただ勢いだけで言っているのなら、自分はかなりの欠乏感を味わう事になる。
恥ずかしそうに俯きながら手だけ伸ばして賢介の手を握り締めてくる。その仕草の全てが賢介に期待感をもたらしてしまって、落ち着かない気分にさせた。
ふと目についた歩の抱える鞄に目を向けると、歩が口を開く。
「これを見て欲しくて。」
目線で何かと問うと、鞄の中からスケッチブックをチラリと覗かせる。
「約束・・・」
約束をしたのは覚えている。毎日自分を思い出しながら描いてくれと頼んだ。けれど歩が律儀にその約束を守っていたとまでは想像していなくて、呆然と歩の顔を見つめる。自分にとっては半分戯言のようなものだったのだ。時々で良いから想ってくれる時間があればいいのに、と。ただの願望だった。
「見せてくれるの?」
「うん。」
「ありがとう。」
今度こそ本当に涙腺が決壊しそうになって、賢介は大袈裟な笑みを浮かべて歩き出す。嬉しそうについてくる歩の前で泣きたくない。
自分で思っていたより、ずっと遥かに歩の事を好きになっていた。会えなかった一年で、もっと彼を好きになったのだ。
だからこそ、怖くて歩の目をちゃんと見ることができていない。歩の目に映っているのが今もあの幼馴染なのか、それとも自分に変わったのか、そのどちらでもないのか、確かめるのがとても怖かったからだ。
うわべだけの好きはいらない。一緒にいられればいいだなんていうのもウソ。好きになってほしい。好きだと言ってほしい。
一歩を踏み出す勇気が欲しくて、人混みの中、後ろをついてくる歩を振り返る。
「部屋選び、歩も手伝って。」
「うん?」
「歩の気に入った部屋にする。」
歩が瞳を大きく見開いて、その頬が染まる。
「・・・うん。」
恥ずかしそうに笑った顔を見て、賢介はコートのポケットの中で力一杯握り締めていた拳を解いた。
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朝霧とおる