*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。
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最初はスマートフォンに入っていた写真を見ながら描いていた。けれど次第に心の中で思い描く片岡をスケッチブックに描き起こすようになった。
片岡を想う時、まず彼の穏やかで知的な瞳を思い出す。何度も失敗しながら納得のいくまで描き込んでいく。
スケッチブックの中に現れた片岡を見て、そっと触れてみる。合わせた唇は柔らかかったとか、いつも真摯な目を向けてくれたなと、彼の姿がここにあるかのように記憶が蘇ってくる。
魔法にかかったかのように、少しずつ片岡の存在が自分の中に刻まれていく。その速度はとてもゆっくりで、日々の中でその速さを感じ取ることはできない。けれど一ヶ月前、半年前の自分と比べてみるとわかってしまう。
悟史への気持ちがゼロになるわけではない。しかしそれとは別の次元で、片岡の存在に魅入られていく自分がいるのだ。彼と一緒にいた時より、離れている今の方が深く彼の心に触れることができている気がする。
電話をしながら手を動かすこともある。彼の声を聞いていると、よりイメージは膨らんだ。
さらに落ち着いた彼の声音から今の片岡の姿を想像してみる。もっと大人っぽくなっただろうか。十代の自分たちにとって、一年という時間はとても長く、変わっていくには十分な時間だ。そんな事を考えながら声を聞いてスケッチブックに日々描き溜めていった。
もうその枚数は三百枚を超えた。一日一枚、片岡を描く。その約束を自分は律儀に守っている。けれどこの日課のおかけで、この一年でデッサンは上達した。
描き溜めたスケッチブックは持ち歩かないのだが、鞄の中を覗くとカルトンと並んで収まっていた。昨夜予備校へ行く準備をする時、間違えて入れてしまったのだろう。開始時刻まではまだ幾分か時間があり、イーゼルの前に着席している生徒の姿はまばらだ。彼らに見られることもないだろうとスケッチブックをこっそり開く。
片岡の姿を目に収めては、不思議な感覚になった。遠くにいるのに、彼をとても近くに感じる。嫌な事があっても、心の中で語りかけながら描いていると心が落ち着くのだ。
「へぇ、人物デッサン上手くなったね。」
「あ・・・」
「ずっと同じモデルさん描いてるの?」
いつの間にか背後にいた講師の清水に驚いて、慌ててスケッチブックを閉じる。
「別に隠さなくてもいいじゃん。上手く描けてるよ?」
上手いとか下手とか、そういう次元の話じゃない。自分の気持ちがたくさん溢れてしまっている絵を見られるのは居た堪れなかった。
「・・・見せるために描いてるものじゃないので・・・」
「そうなの?」
講師といっても彼は学生アルバイトで、そう歳も変わらない。社交的で気安く、生徒たちには人気のある人だったが、歩はこの人が少し苦手だった。よりによって見られたのが彼だということに落ち着かない気分になる。
授業開始時刻を知らせる放送が流れて、歩はスケッチブックを鞄の中に仕舞いこんだ。
講評を終えて帰路に着き、駅のホームで電車を待っていると、講師の清水が声を掛けてきた。
「倉橋くん、お疲れ。」
「お疲れ様です。」
「声掛けようと思ったら、すぐに帰っちゃうんだもん。一緒に帰ろう。」
こちらの返事を聞くこともなく、清水は隣りに並んだ。
「もしかしてイヤ?」
わかっているなら遠慮してほしい。上手く返事もできなくて黙り込む。
「あの絵のモデルは恋人?」
「・・・友だちです。」
「友だちをあんな色っぽく描く?」
「清水さんには、そう見えるだけだと思います・・・。」
「恋人だと思ったんだけどな。」
「・・・。」
精一杯の仮面は、やっぱり年上には通用しない。けれど違うとはっきり断言するのは憚られた。片岡の気持ちや自分の気持ちを否定するような気がして嫌だったのだ。
「ねぇ、倉橋くん。俺と付き合ってみない?」
「え・・・?」
「俺はゲイじゃなくてバイだけど。君に興味がある。お試しでもいいよ。どう?」
清水の畳み掛けるような言い方に呆然とする。けれど心には彼の言葉が何一つ響かなくて、かえって片岡への想いを自覚した。
「・・・ごめんなさい。」
「君さ、俺のこと苦手でしょ。」
「そんなこと・・・」
「顔に出てる。まぁ、いいか。深追いするのは趣味じゃないんだ。」
誰かと付き合う事って、そんな軽いことなんだろうか。悟史のことも、片岡のことも、上手く気持ちを整理するために長い時間をかけてしまっている自分。そんな自分を否定されたような気持ちになるが、価値観と経験の違いだと思うことにした。無闇に自分を貶めることはないのだ。そういう事は片岡が教えてくれた。
「清水さん」
「うん?」
「清水さんの好きって何?」
「どういうこと?」
聞いてみたい。恋愛を簡単に割り切っていく方法があるのならば。
「どうしてそんな軽い事みたいに言えるんですか?」
「あぁ、そういうこと・・・おバカだね、倉橋くん。」
清水が苦笑して、横で溜息をつく。
「傷付いてるよ。だって俺、フラれたんだから。君より年上だし、悔しいから見せたくないだけ。虚勢張ってるんだよ。おわかり?」
思いのほか真剣な目で言われて、自分が見当違いな考えをしていた事に気付く。自分だって落ち込んでいる時、笑顔を貼り付けて振舞うことくらいある。笑っているからといって、心までそうとは限らない。
彼に気を使わせていた事も、傷付いた事も気付かないなんて、どれだけ自分は視野が狭いのだろう。
「清水さん・・・ごめんなさい。」
「いいよ、別に。悪気がないのはわかってる。」
「でも・・・」
「見たまんまだよね。邪気がなくて可愛い。」
「ッ・・・」
その言葉にうっかり赤面した自分が恥ずかしくて俯く。すると清水が歩の頭を軽く小突いた。
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