歩が電話に出ない。メールをしても返信がない。そんな状態に陥って早三日が経とうとしていた。
何かあった。けれど知りたくても知る手段がない。
賢介は歩の名前をディスプレイで眺めながら、もう何度目かわからない溜息をついた。
もう一度発信して出なかったら今日は終わりにしよう。そう決めて通話ボタンを押してスマートフォンを耳にかざす。しかし出る気配は一向になく、諦めかけて切ろうとしていたその時だった。
『賢介』
「歩・・・歩、良かった・・・」
歩の縋るような呼び声を聞いて、歩が拒絶していたものは自分ではないのだと悟った。歩に何かあった。けれどそれは良くも悪くも自分との事ではないんだろう。
「歩、大丈夫?」
『大丈夫・・・じゃない・・・』
電話越しで泣きそうな震える声で話す歩が痛々しくて、彼の言葉を一言も聞き漏らすまいとスマートフォンを握り締めた。
『どうして・・・ッ・・・どうして、好きになっちゃったんだろう・・・ッ・・・』
嗚咽を上げて本格的に泣き始めた歩。彼の側にいられない事が悔しくてたまらない。自分が側にいたら、抱き締めて思う存分泣かせてやれるのに。
強敵の幼馴染。歩の中で君臨し続ける彼に、まだまだ自分は遠く及ばないだろう。だからこそ、たくさん甘やかせて、いつか絆されてくれればそれでいい。
本当は自分だって泣きたかった。もっとラクな相手を選べばいいのに、歩は幼馴染と自分の間を行ったり来たりしている。届きそうで届かなくて、抱き締められそうでこの手を擦り抜けていく。その繰り返しに根を上げてしまいそうになる。
「歩、ちゃんとご飯食べてる?」
『うん・・・ッ・・・』
「学校行ってる?」
『うん・・・』
「俺と話すのもイヤだった?」
『ッ・・・だって、こんな・・・幻滅、される・・・』
賢介を待つと約束しながら、結局は幼馴染の一挙一動に振り回されている歩。それを情けなく思う気持ちがあるとわかったことだけで、賢介は込み上げてきていた浮かない気持ちをどうにか呑み込んだ。
「幻滅なんかしないよ。」
本当に幻滅してなどいない。ただ、一番と言える存在になれないことの歯痒さがあるだけだ。こんな風に泣かせたまま側にいれないことも悔しかった。
「歩、絵は毎日描いてるの?」
『絵? う、うん。描いてるけど・・・』
突然の話題転換に電話越しにキョトンとしているのが容易に想像できる。戸惑った声を可愛いと思いながら、歩にお願いをしてみる。
「あのさ・・・毎日、俺を描いてよ。」
『賢介のこと?』
「そう、毎日。スケッチでもデッサンでもいいから。」
『・・・なんで?』
「毎日俺のこと思い出すでしょ? 毎日想ってよ。」
そう告げると歩が小さく笑い出す。そして最後には、いいよと言って快諾してくれた。泣き止んだことに内心ホッとする。
「電話したくない日も、メール返信したくなくても、毎日だからな?」
『・・・うん、わかった。』
今すぐ飛んで行きたいけれど、自分の力で彼の側に行かなければ意味がない。だから自分から彼に会いたいという言葉は呑み込んだ。
『賢介』
「うん?」
『ありがと。』
「・・・どういたしまして。」
涙が笑顔に変わるうちは、きっと大丈夫。
その後はたわいもない話をして電話を切る。切なさと好きがまた一つ降り積もった夜だった。
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朝霧とおる