賢介のアパートに歩が引っ越してきた日。歩は楽しそうに荷を空けて、本棚をあっという間に埋めた。
「やっぱり凄い量だね。」
「このままじゃ、買い足せないなぁ。」
「増える前に新しい本棚、用意しなくちゃね。卒業した先輩に今、掛け合ってる最中だから、もうちょっと待ってて。」
「うん。」
時々歩も上がっていた部屋ではあるものの、今日からは二人で暮らす。遊びにくるわけではない。二人で楽しいことも辛いことも、四六時中この部屋で共有するのだ。
今は嬉しい気持ちが溢れ出ていて、頬が緩むのをとめられない。
「賢介、お昼ラーメンにしよ?」
「インスタントだけど、味噌ならあったかも。」
「俺が作るよ。」
「そう?」
「うん!」
作ると言ったって、お湯を沸かして鍋で三分煮るだけ。正直、料理とは呼べないが、本人が張り切っているので、邪魔をするつもりはない。しかし緩みっぱなしの顔をめざとく指摘してきた。
「ラーメンごときで、はしゃぎ過ぎって思ってるでしょ?」
「そんなことないよ。」
「俺、そこそこ料理できるよ? 親が共働きだから結構作る機会もあったし。」
「じゃあ、期待してる。」
そう言いつつも、うっかり笑ってしまった賢介に、歩が口を尖らせて抗議してくる。
だって誇らしそうな顔が可愛いかったから。つい吹き出してしまったのだ。
「昼食べたら、買い物行こう? 食べたいな、歩が作ってくれたご飯。」
「・・・本当にそう思ってる?」
「思ってるよ。お願い、作って。俺はあんまり得意じゃないから。」
「・・・そう?」
「うん。」
おだてれば満更でもない歩の顔。それがまた可愛くて、仲直り代わりに口付ける。
途端に頬を染めて俯いてしまった歩に、もう一度作ってと強請ると、恥ずかしそうにキッチンへと向かう。
インスタントラーメンひとつ作るにも自分はモタモタと手間取るけれど、確かに歩の後ろ姿は手際が良かった。キッチンに立つことに慣れている背中。
シャツの袖を捲り上げて、冷蔵庫を覗き込んだ彼に声をかける。確か卵くらいはあったはず。
「何かあった?」
「この卵使っていい?」
「もちろん。」
もうこの部屋は賢介だけのものではない。歩も立派な住人だ。
「歩」
「うん?」
再び鍋に向かってしまった背中に話しかける。
「今日からは遠慮しないでよ?」
「ん?」
「俺が年上だとか、そういうことも気にしないでほしい。」
「・・・うん。」
グツグツと煮立ちはじめた鍋に時々意識をそらしながら、歩が困ったように頷く。
「気にしてるでしょ? 俺が年上だってこと。」
「そんなこと・・・」
歩は時々言いたいことを呑み込んでいる。仲違いをするほどのことでもないから知らぬふりをしていたけれど、今日からは少しずつで良いから対等であるのだとわかってほしい。
「我慢しないで、思ったことそのまま教えて。ね?」
「・・・うん。」
タイマーが鳴り響いて、困り顔のまま再び歩が鍋へ向かってしまう。きっとはぐらかされてしまうだろうな、と思ったが、あえて追及はしなかった。歩に辛い想いをさせたくないからこその言葉であって、困らせるのは本望ではないからだ。
「できあがり?」
「うん。」
話がそれたことを明らかにホッとした顔。本当に嘘が苦手な恋人。
「熱いから気を付けてね。」
「ありがとう。」
照れた顔で首を横へ振りながら、賢介の前へ器を置いていく。
ありがとうの一言で、こんな嬉しそうな顔をしてくれるなら、何度だって言いたくなる。歩が自身の器をテーブルへ持ってきたところで、二人で手を合わせた。
「いただきます。」
「召し上がれ。」
歩とたくさんの思い出を重ねていきたいなと思いつつ、あまり喧嘩をせずに済みますようにと密かに願ってラーメンを啜りはじめた。
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朝霧とおる