瑠璃唐綿(ルリトウワタ)は別名ブルースターというらしい。その名の通り透明感のある青が愛らしくも美しい花だ。花嫁が身に付けると幸運が訪れるというサムシング・ブルーの一つとして、ブーケでこの花を持つ花嫁も多いと香月は話した。
「幸福な愛、っていう意味があるんですって。蓮は幸せ者よね。勝田くんが忘れず毎年来てくれるんですもの。温かい人たちに恵まれて、きっとあの子は寂しくないわ。」
しみじみと語るおばさんは、自分のように囚われることなく、彼の死をきちんと受け止めている気がした。
蓮は散骨されて、その身は海へ還っていった。それが本人の願いでもあったらしい。肉体がなくなってしまっても、魂は世界中を駆けることができる。彼らしい発想だと思う。
自分があの土手に行くのは、海へと繋がる場所へ行けば、蓮の事を感じられるような気がするからだ。そして目を瞑ると楽しかった日々は今でも瞼の裏で鮮やかに蘇ってくる。
ここ数年、勝田は彼女との温度差に戸惑っていた。いつまでも囚われたままの自分と、息子を愛おしむ気持ちを持ちつつも、昇華し始めた彼女。しかし今日は何故だか、それを当たり前の事として冷静に受け止めている自分がいる。
人の数だけ想いがある。どれかが間違っているわけではないのだと、自分の想いを責める気持ちが薄らいでいたからだ。
「斎藤さん、勝田さん。俺ね、この花にもう一つ願いを込めているんです。」
香月が愛おしそうに、ブルースターの花びらにそっと触れた。
「蓮さんのことももちろんですけど、それ以上に、彼を想う人たちに幸せでいて欲しい、って思って。彼を想う気持ちが、哀しいものではなくて、幸せに満ちた時間である事を俺は願っています。」
自分にとって蓮を想う時間は切なさも同時に呼び起こすものだったから、香月の言葉に衝撃を受ける。見上げた香月は、花を、そして込められたそれぞれの想いを慈しむように、ブルースターの花を両手で包み込む。
「蓮さんの思い出ごと、幸せでいて欲しい。今、お二人の幸せが何よりもの弔いになるんじゃないか、って俺は思います。」
自分の幸せが、蓮への弔いになるなんて、考えたことがなかった。けれど幸せを祈ってくれていた蓮のことを思えば、香月の言葉がストンと胸に落ちてくる。どこか諦めにも似た気持ちが、幸せでいることにブレーキを掛けていた。
幸せになっていい。誰かに許されることを自分は望んでいたのだと気付く。香月を見遣ると、彼が微笑んで頷いた。
「幸せに・・・」
「そうですよ、勝田さん。」
小さな呟きに、香月がまた微笑み返してくれる。自分が幸せになる事を、自ら許せていなかった。けれど香月に諭されて納得しようとしている自分がいる。哀しい夢から覚める事ができるんだろうか。
幸せのカタチを確かめようと、勝田はブルースターの花を見入る。そして眼下で瞬く星のように見開く花びらを、そっと指先で撫でた。
いつも閲覧いただきまして、ありがとうございます。
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N
Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる