聞き慣れた声を頼りに表へ出て、世界は狭いなと思った。毎年、蓮の命日でしか顔は合わせないが、子どもの頃は彼の家へ行くたびに顔を合わせていた。勝手知ったる間柄だ。だから蓮の母を見間違えたりはしない。声も彼女のものだとすぐにわかった。
香月との心地良い関係に浸っていた自分に、蓮のことを忘れないでと言われているような錯覚。夢心地だったところに冷水を浴びせられたような、そんな気分だ。
自分の勝手な被害妄想。そんな事はわかっていても、失った辛さが甦ってきてしまう。蓮と香月を同じ土俵で比べるからいけないのだ。二人を比べるのは間違っている。死んでしまった者と、今の時間を共有している者。
胸が苦しい。せっかく今日は目覚めの良い朝だったのに、蓮の事が頭をよぎるだけで、自分はこうもドン底に堕ちる。
「勝田さん・・・?」
椅子にも座らず突っ立っていた自分を不審に思うのは当たり前だ。香月は何か言いたげな顔をしたものの、結局何も聞いてはこなかった。
「お茶にしましょ。お客さんから差し入れもらったんです。」
「練り切りと・・・あ、金魚・・・」
「金魚のゼリー可愛いですよね。勝田さん、これにします?」
「うん・・・」
「麦茶で良いですか?」
「お店・・・いいの?」
「すぐ、戻りますから、大丈夫ですよ。」
行かないでと言いたくなって、心細くなっている自分に気付く。どうしよう。十以上も歳が離れているくせに精神的に寄り掛かるなんて、鬱陶しがられるだろうか。
「勝田さん。今夜わが家はお刺身なんですけど、良かったら日本酒でもやりながら一緒にどうですか?」
何で香月は欲しい言葉をくれるんだろう。こちらの心を読んでいるようで落ち着かないけれど、それでもやっぱり嬉しかった。
「お邪魔する。」
「帰るの面倒だったら、泊まっていって下さい。」
香月は勝田に微笑んでみせて、すぐに背を向ける。冷蔵庫から冷えたお茶を取り出して、グラスへと注いでくれた。
「ゼリー冷えてます?」
「うん、冷たいよ。」
泊まりの件について、香月は深く追及してこなかった。そのお陰で深く考えさせられる事なく、素直に世話になろうという気になる。香月のこういうところが好きだ。
「泊まっていっちゃおうかな。」
さりげなさを装いつつも、内心緊張した。嬉しそうに香月が微笑み返してくれたのでホッとする。気構えていた自分が少し照れくさい。
透明なゼリーの中で鮮やかに発色する赤い金魚。食べてしまうのが惜しいくらい愛らしく見える。こんなものを誰かと一緒に食べるなんて久しぶりだなと、そっとゼリーにスプーンを滑らせた。
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朝霧とおる