*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。
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開店しようと半開きだったシャッターを完全に上げようと外へ出る。すると壁に寄りかかってこちらを見る勝田がいた。
「勝田さん・・・来てたんですか・・・」
「うん。でも居たらお邪魔だよね?」
「そんな事ないですよ。店の奥、事務所ありますから。そっちなら、涼しいですよ。」
暑い中、首を傾げて問うてくる姿は涼しげだ。けれど彼の白い肌が直射日光を浴びて少し痛そうだった。皐が用意しておいたシャツをそのまま着たようで、胸の少し開いたデザインにしたのは失敗だったなと目を逸らす。首筋と鎖骨のラインが色っぽくて、目のやり場に困ってしまう。
「勝手にシャワー借りちゃった。」
「いいですよ。夏だからその方がスッキリしますし。」
ぎこちなく返して、勝田に中へ入るよう促した。気を許しているのか、鉄壁の仮面なのかわからない笑みを浮かべて、勝田が店内へと足を踏み入れる。
「じゃあ、お邪魔する。」
「どうぞ・・・」
自分のテリトリーにすんなり溶け込んだ勝田は、やっぱり花に似ている。掴めそうで掴めない背中をどうにか捕えて抱き締めたい。できるはずもないことを考えて、結局思考を振り払う。そして皐は準備に集中することにした。
土曜日は客層がバラバラだ。平日は常連客がほとんどだから顔見知りで話も弾む。しかし休日は普段花を手にしない人たちが足を運んでくるので、応対も変わってくる。
友人の晴れ舞台に花を添えに行くためのもの、家族の誕生日プレゼント、恋人への贈り物、そして勝田のように亡くした人へ手向ける花もある。
花と一緒に喜びに溢れた時間を過ごしてほしい。皐がまず一番に望むことだ。けれど勝田はどうなのだろう。寂しさだけを花に重ねているのだとしたら、そんな悲しいことはない。
勝田を救えるなんておこがましい事を考えているわけではない。寄り添って、彼の心の傷や苦しみを分かち合いたい。後悔に時間を費やせるほど、人の人生は長くはないのだ。
勝田に寂しい顔をさせるものがなんなのか、明確な答えを知っているわけではない。けれど今この瞬間訪れている時間を大切にしてほしいと思うのは、傲慢だろうか。
月曜日のフラワーアレンジメント教室で使う針金を勝田がニッパーを使って量産していく。普段やらないであろう単純作業にハマったらしく、事務所のテーブルで黙々と作業をしている。
こんな彼を見られるのはきっと皐だけだろう。妙な高揚感を覚えながら、勝田の姿を目の端に入れて接客をした。
カートを押しながら店の前にやってきた年配の女性がおっとりと会釈してくる。
「香月先生」
「あ、斎藤さん、こんにちは。」
今年で七十歳になった彼女は、ここの常連であり、教室の生徒でもある。品が良くて、いつも朗らかな笑みを湛えている彼女のことが、皐は好きだ。こういう風に年を重ねていけるなんて、素敵だと思う。今日も華やかな色合いの服を身に纏い、お洒落に余念がない様子だった。
「月曜日、三十分くらい遅れちゃいそうなんだけど、大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。もしかして、わざわざいらして下さったんですか?」
「病院の帰りなの。」
「どこか、具合でも?」
「大したことないのよ。ちょっと目が乾燥しちゃうものだから、目薬をいただいてきたの。冬でもないのに、老人になるとあちこち不都合が出て困っちゃうわ。」
歳を取るとそういうものだろう。生徒の大半が年配の人なので、教室での話題が時々病気自慢になっていたりする。
「大事な身体ですから、労ってあげないと。家の仕事は旦那さんと分け合って下さいね。口では悪態ついてても、男は頼られると嬉しい生き物ですから。」
「優しいわねぇ。うちの主人と香月先生、入れ替わったりしないかしら。」
楽しげに笑う斎藤夫人につられて、皐も笑う。人の笑顔は元気をくれる。手を振って彼女に別れを告げる。
「では月曜日、お待ちしてますね。暑いのでお気を付けて。」
「ありがとう。」
上機嫌で店の奥へ戻ろうと振り向くと、思いのほか近くに勝田が出てきていて驚く。そして難しい顔をして店の表の方へと視線をやっているのに気付き、皐は内心首を傾げた。
「勝田さん?」
「ん? あ、いや・・・何でもないよ。」
何でもないという顔ではない。追及しようとして出そうになった言葉を咄嗟に呑み込む。すぐに背を向けて奥へと行ってしまった勝田の背中に拒絶を感じたからだ。
皐が斎藤夫人と話す声を聞き、表へやってきたのだろうか。もしそうだとしたら。皐は思いを巡らせてハッとする。
斎藤夫人が亡くした息子と、勝田が花を手向ける相手がもし同じだったとしたら。
そこまで思い及んで、まさかと思い直す。勝手に決め付けて暴走するのは良くない。気にはなるけれど、勝田が触れてほしくないと望むなら、彼の意向に沿いたい。
強い陽射しを浴びてもへこたれない花たちを見ながら、そっと溜息をつく。勝田の一挙手一投足に振り回されっぱなしだ。そしてそんな自分が嘆かわしくも新鮮味を感じるのは、それだけ彼に心動かされているということだ。面倒だけど楽しい時間。
皐は複雑な感情を持て余しながら、天に向かって咲く花たちを見て、暫しその感情に浸った。
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