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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

幸せを呼ぶ花22

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幸せを呼ぶ花22

久々にぐっすり眠って起きてみたら、香月が作っていったと思われるご飯の良い香りが待ち構えていた。こんな心温まる朝は初めてだ。

香月は朝からしっかり食べる性分らしい。ご飯に味噌汁、焼いた鮭にほうれん草の胡麻和え、キュウリの漬物。こんなきっちり朝からご飯を食べるなんて、それこそ実家を出てから一度もないかもしれない。

顔を洗って微かに纏っていた眠気を飛ばす。そして彼が貸してくれた寝巻きを着たまま、朝食の整えられた席に着いた。

テーブルを挟んで反対側の椅子には無造作にエプロンが掛けられている。モノトーンのそれは、きっと身体の引き締まった彼をとてもスタイリッシュに見せるだろうなと、想像して少し頬が緩む。

花屋の仕事は繊細さも求められる一方で、とても力のいる仕事だと聞いたことがある。ジムなどで鍛えている人と遜色ないくらい、腕まくりをした香月の腕は引き締まって綺麗な線を描いていた。

背格好はあまり自分と変わらないけれど、脱いで彼と身体を突き合わせたら、自分の身体は大層貧弱に見えるだろうなと思う。ちょっと彼を脱がせてみたい。逞しい腕で抱き締められたら、さそがしい心地良いだろうな、というところまで妄想して、結局やめた。朝から考える事じゃない。ただ、自分はそういう意味でも香月に興味があるのだと、はっきり自覚して溜息を零す。

「ご飯、美味しそう・・・」

思考を強制的に目の前の朝食へと向ける。実際とても食欲を誘う香りだ。視界にすぐ電子レンジが見えたので、ご飯と味噌汁だけ温めることにする。

「一緒に食べたかったな。」

そして、出来たてを一緒に食べて、美味しいよと彼に言いたかった。今日もなし崩しに泊まり込んで明日の朝を一緒に迎えればそれも叶うのかな、と考える。

恋人にはならないと言い張っているわりに、香月の優しさに浸りたい自分。ずっと忘れていた、人と一緒にいる温かさと心地良さを、香月は思い出させてくれた。

「どうしよう・・・」

付き合ったら、きっと後悔する。そして後悔させてしまう。想いを返し切れない自分に嫌気がさして、逃げたくなるだろう。

思考はずっとそこを行ったり来たりするだけだ。一緒にいたい。でもこの関係に明確な言葉は欲しくない。なんて自分は狡いんだろう。

本音を伝えたら、どんな顔をするだろう。けれど溢れてくる人恋しさに、心は震えっぱなしだ。
欲しい。とても彼が欲しい。香月と共にいられる時間が欲しい。いつもじゃなくていい。時々で良いのだ。この温もりに溢れた時間が欲しい。

電子レンジが甲高い電子音を立てる。取り出して、フワッと鼻をくすぐった味噌の香りがあまりに懐かしく、泣きそうになった。

会いたい。今すぐ彼に会いたい。朝は開店の準備で忙しいはずだから自分が乗り込んで行ったら迷惑なのはわかっているけれど。

「いただきます。」

食べる時に手を合わせて、いただきますを言うのは、何年ぶりだろう。忘れていた、日常の中にある小さな幸せ。香月はそれを自分に思い出させてくれる。自分がいかに今の幸せに目を向けていないかわかってしまった。

蓮との思い出はとても大切なもの。自分にとってかけがえのない時間だ。けれどそれは過ぎ去ってしまった過去であり、もう二度とあの時間は戻ってこない。過去に思いを馳せるだけだった自分は過去をずっと生きていたんだと気付く。

香月がくれる幸せは、今の自分を捕えて離さないもの。どちらに目を向けるべきなのか、わかりきったことだ。

おかずを口に運んで、その優しい味に安堵する。

正直に気持ちを打ち明けてみて、ダメでもしつこく付き纏ってみようか。だってこんな優しさに触れて離れるなんて、もう無理だ。

どうしてくれるんだ。せっかく封印していた弱い自分。こんな厄介な気持ちを呼び起こして、捨てられでもしたら、もう立ち直る気力なんて自分にはない。もう脇目も振らず駆け抜けられるほど、自分は若くないのだ。

涙腺が緩んでも、涙までは溢れなかった。どうやら堪えるだけの忍耐力とプライドはまだ自分の中にあるらしい。

ゆっくりと懐かしい味を噛み締めるように、ご飯を口へと運ぶ。やっぱり一緒に食べたかったなと残念に思って、美味しかったと伝えようと心に決めた。









 








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