ランニングマシンなど、すぐにめげそうな物は最初から眼中に入れず、逃げ場がないようトレーナーをつけた。その辺り、先見の明はあるようで、ジムに通い始めて一ヶ月ほどで効果が出てきた。
香月の作ってくれるご飯をきちんと食べても体重が増えることがなくなったのは嬉しい。しかし年齢の所為もあって代謝の悪さは否めず、徐々に上げていくしかなかった。
「勝田さん、体脂肪落ちましたね。体重がそんなに変わらないのは筋肉量が増えてるからです。身体はちゃんと締まってきてますよ。」
やればできるじゃないかと幼稚な誇らしさに浸りつつ、トレーナーに礼を言う。
「このまま三ヶ月、半年、一年と続ければ、だいぶ体質も変わると思いますよ。体型維持もしやすくなりますね。」
「一年・・・そうだよね。」
歓喜に沸いていた頭の中が、トレーナーの言葉ですぐ現実へと引き戻される。香月の目を盗んでどうにか通ってはいるものの、長い嘘は危険極まりない。自分の経験則が頭の中で警告音を鳴らしている。
けれど自分にもやればできることがわかったので、なんとかこのままバレずに続けたい。そうすればきっと香月を幻滅させない身体をキープできるだろう。
太った自分を許容して、香月にも認めろと迫れるほど開き直れない。香月皐という甘いゆりかごの中でぬくぬくと過ごしてきたツケを今払っているのだ。近い内に払い終えてしまいたい。
現状に満足せず邁進するのみとは、自分が仕事をする上で常に心掛けてきたことだ。私生活に思わぬ落とし穴があったが、ようやく一ヶ月前に怠惰な自分と別れを告げた。
香月に黙っているのは後ろ暗いが悪いことをしているわけではない。むしろ誇れるだろうと、半ば強引に自分を納得させて、勝田はロッカールームへ向かい帰り支度を始めた。
* * *
香月は勝田のことを気遣うためか、平日に迫ってくることはあまりないのだが、珍しく強請ってきた。
ジムでのトレーニングも順調なこともあり上機嫌だった自分は、特に疑問も持たず安易に受け入れていた。
「ちょっ・・・皐?」
最後まではしないというわりに、触れてくるのは中心ではなく、胸や腹ばかり。唇で食んでは手で撫で回して、まるで何かを確かめるような仕草だった。
快感というより、くすぐったさが勝る。どうにも耐え難くて身をよじり始めると、急に香月が覆い被さってきて、勝田の耳元で囁いた。
「鍛えました?」
「ッ・・・」
ただの愛撫だったと思っていた行為が、違ったことに今さら気付いて、ギクリと身体を強張らせる。
「どうして隠すんです?」
もう誤魔化せるような状況ではないことは、香月の問い方で悟った。ジムに通っていることをわかって聞いている。自分の勘がそう告げていた。
「隠す・・・つもりは、なくて・・・」
「でも、結構な期間、黙ってましたよね? 何か言えない理由があったってこと?」
身体の締まり具合から、昨日今日の芸当ではないことは容易に想像ついたのだろう。
しかし指摘する言葉には幾分棘がある。香月が思わぬ勘違いをしていることを察して、浮気とか、やましい何かを疑われていることに勝田は慌てた。
「皐、違うから! 痩せたかっただけ!!」
恋人にそういう疑いを本気でかけられること自体初めてで、自分は免疫がなかった。稀にみる混乱ぶりに、自分でも驚く。驚き過ぎて、言わなくてもいい本当の理由をつい口が滑って言ってしまう。
「あ・・・えっと・・・」
「細いのに・・・痩せたかったんですか?」
「・・・細く、ないよ。」
「細いと思いますけど。誰かに、何か言われました? それとも俺が・・・何か言っちゃいました?」
怒らないから言ってくださいと頬への優しいキス付きで食い下がられたら、黙っているのは無理だった。少なくとも怒っている気配は感じられなかったから、勝田は構えて張っていた肩の力を抜く。
「健康診断で・・・体重が・・・」
「増えてたんですか?」
「うん・・・。」
全く色気の欠片もなく、ギュッと腹を摘まれる。しかし脂肪に代わって筋肉がついた腹は、すぐに香月の指からすり抜けて、赤い痕だけ腹部に残す。
「俺のため、ですか?」
「・・・。」
「だったら嬉しいな。」
なんか一人で青くなって、こそこそジムへ通い、結局バレているところが猛烈に恥ずかしい。穴があったら入りたいという気持ちを身をもって知る日が来るなんて。
香月が満足そうな顔をして抱き締めてくる。腕の中の自分の顔は赤面していることだろう。無言で少しむくれて、いい大人がこんな顔しても可愛くなんかないだろうけど、愛しいといわんばかりに抱き締めてくれることで、幾分救われた。
「ココも・・・」
香月が下がって腹部に口づけを落とす。
「ココも」
太腿を香月の手がゆっくり撫でて肌が官能を呼び覚まされてざわめく。
「全部、俺にくれます?」
好きな人に求められて、ダメなんて言えない。期待して反り勃ったものが香月の視界にしっかり入り込んでいるはずだけど、意地悪なことに勝田の言葉を待っているようだった。
「皐、性格悪くなった・・・」
プイと横を向いて、抵抗を試みる。
「だって、自分のために好きな人が頑張ってくれたなんて・・・感動する。」
「・・・げる。」
「うん?」
「あげるよ、全部。」
むしろ貰ってくれるかどうか、今でも心配な時があるくらい。けれど勝田の心を見透かすように強く抱き締めて、全身で欲しいと訴えてくる香月に、嬉しくてうっかり目の辺りが熱くなる。
かろうじて深呼吸で飲み込んだものは、すぐ熱いキスに溶けて跡形もなく勝田の中から消え去った。
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朝霧とおる