総務部から一通の封筒を受け取り、昼休みに開封すると決める。結果次第によっては家に持ち帰るのをやめようと肩を落とし、健康診断の結果が入った封筒を忌々しげに勝田は睨んだ。
絶対太った。幸せ太りという言葉は本当なのだと、実感させられる日がくるなんて。
一年目は気のせいだということにした。二年目と三年目は、測定の前日に飲み会だったからだと言い訳をして、四年目、着実に増えた体重の数値を見なかったことに、そしてついに五年目を迎える。
増量具合は微々たるものだけれど、さすがに無視できないところまできていた。
お腹の肉が見た目にわかるくらい増えたとか、そういうことはない。それでも運動不足は否めないし、毎日、香月に美味しいご飯を餌付けされて、拒むことなくくれば増えるに決まっている。
「あぁ・・・見たくない・・・」
役員室で途方に暮れながら、右手で軽快に社判を押して、左手の親指で紙をめくっていく。手の脂はしっかりあって年齢の割には滑らかに紙を繰っていける。それだけを心の支えにして、溜息をつきながら封筒の存在を意識し続けて、刻々と昼休みに近づいていった。
* * *
結果は最初からわかっていた。ご丁寧に三年分、着実に増えた証を記してくれている紙を鍵付きの引き出しにしまい込んで腕組みをする。
しかし泣いても喚いても結果は変わらない。他に異常はなかったから、こっそりジムにでも通ってみるかと思い至る。しかし遠く運動から離れた生活をしていたため、踏ん切りがつかない。なんとか香月にバレずに健康的に痩せる方法はないものかと、人のいい部下に電話をしていた。
一応、口実は仕事の電話。なんとか営業部からそれらしいネタを仕入れてきて、その後さりげなく話をしてみるという作戦は、かろうじて成功しているようだった。
「そういえばさ、小野村。」
『はい。』
「そっちも健康診断終わった?」
『ええ。先週、結果が返ってきましたけど。』
「どうだった?」
『いや、別に・・・特に変わりなく・・・。』
そうだろうとも。小野村はそういう面ではストイックだ。確かジム通いもしていたはず。けれど島津はどうだろう。
「小野村は島津が太っても、嫌じゃない?」
『え? いやぁ・・・まぁ・・・ジム通いしてますし、俺より営業で動き回ってますし、早々太るとは思えないですけど・・・。』
「もし万が一、太ったと仮定して。」
『病気の心配がないなら、別に・・・。』
歯切れが悪くなったのは居た堪れないからだろう。暗に恋人であることを指摘した上での問いかけだからだ。恥ずかしがってくれているうちはいい。こちらの意図には気付かないはずだ。
『でも・・・』
「・・・でも?」
心臓を鷲掴みにされたように緊張と痛みが走ったが、勝田はなんとか受話器を取りこぼさないで握り締める。
『太らないにこしたことはないですけどね。』
「そう・・・だよね。」
小野村が恋人じゃなくて良かった。きっと彼ならジムに強制送還なんてこともあり得るかもしれない。昔から小野村が体型維持には結構気を使っていると知っている。自炊はしないと言っていたから、運動に関しては尚更だろう。
安心するために小野村へ電話をしたのは失敗だった。むしろ不安の種が増えてしまった。
ただでさえ自分は香月より歳上だ。身体だって若い子のように綺麗ではないはず。この上、太ったなんて、絶対に知られたくない。
「じゃあ、またね。」
『え? あ、はい。また・・・。』
自分にしては珍しく挙動不審になりながら受話器を置いて、小野村の話は聞かなかったことにしようと心に念じる。しかし、太らないにこしたことはない、という小野村の言葉が頭を回り続けた。
「はぁ・・・やっぱりジム行こうかなぁ・・・。」
くだらない事でこんなに落ち込んだのは相当久しぶりだ。こんなことで悩む現実に、免疫がない。とうの昔にこの手の感覚は捨てていたように思う。しかしどうやら自分にも乙女ちっくな思考回路が残されていたらしい。
「お昼ご飯・・・。」
抜いたら香月に叱られてしまう。食事の心配はよくされるからだ。嘘をつくのは簡単だけど、好きな人に極力嘘はつきたくない。健康診断の結果を彼の前から存在自体をなかったことにするつもりだったから、余計にこれ以上やましい事を増やしたくなかった。
重い腰を上げて食堂に向かう。この日初めて、勝田はカロリー表示なるものを意識してお昼ご飯をお腹に収めた。
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朝霧とおる