呂律が怪しい優希を和希が介抱している。まだ飲むと意気込んでいるのを必死に宥めている姿が面白い。
「まら、らいじょーぶ!」
「ほら、そのグラスじゃなくて、優希はこっち。」
「こっち?」
「そう、こっち。」
和希がワインをジュースに差し替えて優希の手に渡す。香りを確かめて一気に飲み干した優希は、すでに酒かジュースなのかの区別も付かないらしい。
「おかわりッ!」
盛大に意気込んで言う姿が滑稽でありつつも微笑ましく思えるのは、勝手知ったる相手だからだろう。
和泉が日本酒を注ぎ足して、ソファへ移動するように要を促してくる。騒がしい双子をダイニングに残し、二人でリビングへと足を向けた。
和泉と隣り合ってソファへ腰を下ろすと、するりと腕が腰へと回ってきて、少し落ち着かない気分になる。二人きりではないからだ。
和泉がそのまま肩に寄り掛かって深い溜息をつく。騒がしさに疲れたのかと問えば、職場では似たようなものだと笑う。
「おまえたちを見てると、何だか自分だけ取り残されたような気分になってな。」
和泉の顔を覗き込むと、目を閉じて感慨に耽るような面立ちだった。
「あんなに脆くて崩れそうで・・・。でも大人になって、現実を知って淘汰されて、それでも自分の足で立って頑張ってる。目の当たりにすると、誇らしいような、寂しいような・・・。」
酔い潰れているわけではない。けれどお酒が入って、少し感傷的になっているのは確かだろう。
「ここで生きてるんだ、って強烈に感じさせられるっていうか・・・。」
要の肩に寄り掛かる和泉の重みが次第に増していく。彼の手からグラスを奪い去ると、安堵したように和泉の身体から力が抜けていく。
「達也さん、眠いんじゃない?」
「そう、だな。少し酔ってるかも・・・。」
気持ち良さそうに穏やかな笑みを浮かべて全身で寄り掛かってくる重みが心地良い。先ほどまで感じていた、何となく居心地が悪いような羞恥心も、いつの間にか薄らいでしまう。
ダイニングの方では、まだ優希と和希が騒いでいる。賑やかな双子だ。けれど彼らも最初からあんな円滑な関係だったわけではない。何度も摩擦して、擦れ違って、ようやく収まりの良い関係に辿り着いたのだ。
少なくとも優希は人前であんな風に酔っ払って騒いだりするような性格ではない。彼が今日あれだけ酔えるのも、余程気を許してくれている証拠なのだ。
自分だって実際そうだ。和泉と恋人の顔ができるのは、彼らの前でだからこそ。他でそんな風に振る舞えるほど、自分は肝が据わってはいない。
好きな人と好きなように過ごせるのは、当たり前ではない。自分の恋にはたくさんの障害があって、思うようにはできないもどかしさと虚しさが隣り合わせなのだ。
優希と和希と同じ時間を共有できて良かった。彼らの前なら自分は自分でいられることがわかったから。
「嬉しいことでもあったのか、要?」
目を瞑っていると思っていたのに、いつの間にか和泉の瞳の中に自分が映り込んでいて驚く。この人は本当に油断も隙もあったもんじゃない。
見透かされた事が何となく悔しくて、意味深に微笑みだけ返す。和泉が訝しげに片眉を上げたので、どうやら自分の意趣返しは成功したらしい。
二人きりじゃない。でもいつもの二人でいられる。それが嬉しい。
「先輩・・・ッ」
和希の呼び声に顔を上げると、少し気まずそうな顔をして、リビングの入り口に立っていた。目の前でべったりくっ付き合う恋人を見れば誰だって居た堪れなくなるだろう。そっと和泉から身体を離そうとすると、逆に腰をホールドされて、今度は要が焦る。
「静かになったから、もしかして寝た?」
和泉が愉快そうに和希へ声を掛ける。すると和希があたふたしている要を極力視界に入れないように、和泉だけに神経を向けて頷いているのがわかった。
「運べるなら、ここ使え。ソファベッドだから。」
ようやく和泉の腕から解放されて、今度こそ和泉と距離を取る。
「じゃあ、運んできます。」
「そのまま泊まってけ。おぶって帰るわけにもいかないだろ。」
「そうしたら・・・お言葉に甘えます。」
逃げるようにリビングをあとにした和希は、間もなく優希を抱き上げて連れてきた。完全に寝落ちしている優希は、気持ち良さそうに寝息を立てている。目を閉じたその姿は、かつて自分が見知っていた姿より、遥かに安らかなものだった。
寝ている時の顔が、人間一番素直かもしれない。優希はきっと和希に愛されて幸せな日々を送っている。それを実感できたようで、心の奥が温かくなった。
「老いた身体には睡眠不足が祟るから、片付けて寝るか。」
和泉が伸びをしながら言えば、和希が手伝いますと申し出てくれた。
綺麗に平らげた皿を回収して、洗い流していく。今年積もり積もったあらゆる厄介事も流し去っていくように、丁寧にすすぎ落としていった。乾いた布で磨き上げると、それだけで次に来るものに立ち向かえるような、そんな気分になる。
今年も残り僅か。来年も同じようにここへ立てればいいと、要は心の中で密かに願った。
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朝霧とおる
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