母からの呼び出しなんて、碌な話じゃない。厄介な見合い話に襲われてから、家に寄り付かなくなって久しい。年頃の息子に結婚して落ち着いて欲しいのは、わからないわけではない。けれど成し遂げられない事を押し付けられても、困るだけだ。度重なれば疲労だけが蓄積していった。
和泉に愚痴ったら、正直に話すか距離を置くかの二択だろうと言われ、結局臆病者の自分は距離を置くことを選んだ。
しかし人間、逃げられると追いかけたくなる生き物だ。見合い写真が送られてきたり、電話がかかってきたり、母のしつこさは増した。勝手に食事をセッティングされた日には、崩れ落ちそうになったものだ。
そしてつい先日も、家に顔を見せなさいと電話がかかってきた。いつもなら断っていたのだが、ついに観念して顔を出す事にした。会ったら全て正直に打ち明けるつもりだ。
自分が男しか恋愛対象にならないこと。和泉と十年以上の付き合いであること。そして大学卒業を機に一緒に暮らし始め、もう七年の歳月が経ったこと。
誰が何と言おうと、自分にとっては大事な事実で大切に重ねてきた時間だ。和泉は待っていてくれる。どんな事があっても、その大きな手を広げて受け止めてくれる。だから、ちゃんと前へ進みたくなった。
色んな事が節目を迎える時期なのだ。親に縋らなければ生きていけない年齢はとっくに過ぎた。結婚を期待する親には残酷な仕打ちでも、本当の事を打ち明けるなら今だろう。
最悪、理解してもらえなくてもいい。ただ、女性との未来が自分にはあり得ないのだと知ってもらう必要はある。いつまで経っても和泉の存在を隠さなければならないのは、要にとっても辛い現実だ。
和泉はカミングアウトして、両親と絶縁している。その話を聞いて尻込みしていた。打ち明ける事で家族関係を壊してしまうことが怖かった。
実家のドアの前で一呼吸する。古風な母が一番の難関だ。母への闘志を失わないうちに、玄関のドアノブを回して扉を開けた。
待ち構えていた母は機嫌が良かった。頑なになりつつあった息子がひとまず顔を見せに来たからだろう。仕事の忙しい父は不在だった。できれば中和剤としていてほしかったが、この際仕方がない。
母はお茶とお菓子をせっせと要の前へ出し、一つ封筒も差し出してきた。大きさから見て間違えなく見合い写真。内心溜息をつきつつ、出されたものには一切手を付けずに話を切り出した。
「今日は聞いて欲しいことがあって来たんだよ。」
「あら何よ、改まっちゃって。彼女でも連れてこようってこと?」
母が望むなら和泉を連れてきてもいい。和泉の方はむしろ会いたいとまで言ってくれた。
「ちょっと違う。でも関係はある。冷静に聞いてもらえると有難いんだけど・・・。」
一瞬落ちかけた視線を母の目線まで戻して、テーブルの下で拳を作り指に力を込めた。
「俺ね、女は好きになれない。ゲイなんだ。」
「・・・え?」
母の凍りついた顔を見て、ついに言ってしまったんだと実感する。
「・・・本気で言ってるの? 馬鹿なこと、言わないでちょうだい!!」
「俺がゲイなのは、母さんにとって馬鹿げたことなの?」
「当たり前でしょ!? どうしちゃったのよ、要!!」
母の声が甲高く大きくなるのに反比例して、自分の気持ちが落ちていく。どこかで期待していた。受け入れてもらえるのだと。けれど想像以上の拒絶に目の前が真っ暗になり、言うつもりのなかった言葉が口から溢れ出てしまう。
「縁を切りたい。」
「意味のわからないこと、言うんじゃないわよ!!」
ヒステリックな母の言葉がさらに自分への追い討ちになる。
「もう、俺は子どもじゃないよ。受け入れてくれない人たちの事まで考えて生きていくのは、時間の無駄だよ。」
淡々と告げる要に母の声が止まった。要が立ち上がったからだ。
「変わろうと思って変えられる事じゃない。自分に嘘はつきたくないし・・・。」
母が黙ったタイミングを逃さず、要は言いたい事を余さず言葉にした。
「一緒に暮らしてる人がいるんだ。もう十年以上付き合ってる。俺もその人も真剣に付き合ってきたよ。それがこんなに責められなきゃいけない事だなんて、俺は思わない。わかってもらえないなら、もう母さんたちには会わないよ。会ってもお互いのためにならないから。」
母の顔から怒りと戸惑いを両方感じ取る。言い足りないことはないか探したけれど、特に何も浮かんではこなかった。
座って呆然と見つめてくる母の視線から逃れるように、鞄を手に取り玄関へ向かった。扉が閉まるその時まで、母は一言も言葉を発さなかった。
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