この国で豊富に産出される瑠璃色を生む鉱物。塊を砕き、磨り潰して水に溶くと、瞬時に深い青となる。麻を瑠璃色に染めて仕立てた衣は、空の色とは違う味わい深さと濃さを持っていた。
艶と張りのある手足が麻の布から顔を出し、道行く者は一様に囚われる。瑠璃色の麻に白い肌がよく映えていたからだ。身軽な身体が足を運ぶたび、瑠璃が空気を含み、流れて舞うので、小鳥たちが興味津々に衣の裾と戯れていた。
上機嫌で隣りを歩く凛の身体は上下に揺れ、王宮の庭を駆けるように、自由に飛び跳ねたいと、心躍るさまが手に取るように伝わってくる。
「凛、落ち着きなさい。」
「だって、楽しくて……。」
互いの目は薄い垂れ布で覆われていたが、紫苑が険しい眼差しを送っていることは見透かされたのかもしれない。花が萎れるように凛が首を垂れたので、彼の手を取って唇を押し当てる。紫苑が微笑んだ気配を察したのだろう。安堵したのか、凛を纏う空気が再び華やぐ。王都に入ってから率いている小鳥たちも、凛の心を映すように楽しげに歌い始めた。
「怒っているわけではないよ。そなたが美しいから、皆が振り返る。はぐれて遠くへ行かないか心配だ。」
「ずっと、おそばにおります。でも……。」
「でも?」
凛が首を傾げるのと同時に、彼の耳飾りが揺れて涼やかな音を響かせる。澄んだ音に擦れ違った幾人かがこちらを振り返った。
「皆は紫苑様をご覧になっているのだと思います。」
「さて、どうかな。」
強面の従者を引き連れて豪商を装い、王宮の裏道を抜け出てきたのは昼を過ぎた頃。
王都へ行きたいという凛の願望は膨れ上がり、催促は日に日に増した。約束してしまった手前、ついに紫苑が折れるかたちでこの散策は実現した。凛の与り知らぬことではあるが、王宮内にいる紫苑の臣下たちは、たった数時間組まれた小旅行の準備に駆り出され大騒ぎだった。
身軽に出歩くことが許される身体ではない。それは紫苑も凛も同じだ。民のために遣わされた身を軽んじるわけにはいかないのだ。凛の目が届く範囲には数人の護衛しかついていないが、実際は通りの各所に軍人たちが町人に扮して目を光らせている。
「紫苑様。何か買ってみたい。」
紫苑の裾を掴んで、凛がこちらの顔色を窺ってくる。しかし強請る声は融通のきかない意思の強さを感じさせるしっかりとした声音だった。
「さて、どうしようか。」
些細な意地悪。拗ねた顔が見たいと思って、渋るフリをする。
王都の中心部に入ってからというもの、凛は興奮し通しだ。露店が並ぶ道では忙しなく左右に顔を向け、瞳が見えなくとも、好奇心で胸をいっぱいにしていることがわかる。紫苑の隣りから、鉄砲玉のようにいつ飛び出してもおかしくない気配を漂わせていた。
しかし紫苑の一言で凛の心は天に昇ることもあれば地に叩きつけられるように砕けてしまうものらしい。
「はぐれたりしなければ、好きなようにして良いって仰いました……。」
すっかり肩を落としてしまった凛は、拗ねたというより、残念そうに語尾を震わせる。
町人に接触させるのは危険を伴う行為だ。しかしここは折れてやらないと、一生恨まれる気がする。
「凛。ひとつだけ選んでおいで。」
「本当に?」
俯いていた顔が期待を全身に漲らせて瞬時に上げられる。
「来た道を戻ろうか?」
「紫苑様に……」
「うん?」
「内緒で買いたいんです……。」
本人に告げている時点で秘密が秘密でなくなっているが、つまりは一人で貨幣を手にして買ってみたいというところだろう。独り立ちを必死に主張する幼子のようで愛らしい。
「私は背を向けていれば良いのかな?」
「目も瞑ってください。」
「護衛は解けぬぞ?」
「はい。」
「では、そなたの欲しい物がある場所へ行こうか。」
「小さな青い旗の、薬箱のある店です。」
完全に筒抜けとなった内緒の買い物に、紫苑は頬を緩める。揶揄って、凛の上機嫌さを削いでしまうのはやめようと決め、紫苑は己の口を噤んだ。
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朝霧とおる