身体の熱で温められた息を冷気に吐き出すと目の前の景色が白一色に変わる。その様子が面白くて幾度も小刻みに息を放出すると、同時に身を刺す冷たく重い空気が凛の体内を侵した。
「紫苑様」
「どうした、凛。」
この人が自分の名を呼ぶと、心がとても温かくなる。低く身体に響いてくる落ち着いた声音を聞きたくて、微笑んで顔をのぞいてくる長身の彼を再び意味もなく呼んでみた。
「紫苑様」
「凛?」
「紫苑様の・・・お声が大好きです。」
「・・・そうか。私は凛が愛おしくて、いつも抱き締めたくなる。」
侍女たちは二人の様子を見て見ぬふりをする。凍りついた雪氷さえ、今にも溶け出しそうな勢いで甘い空気をまとう二人を直視するのは目の毒と言えた。
草花が雪の下に息を潜めている季節。そんな寒々しい空の下でも、凛はどうしても散歩がしたくなる。
「紫苑様の手は温かいですね。」
抱き締めてくれていた腕から飛び出て、紫苑の手だけを取って、凛は雪原を歩き出した。王宮の庭を歩くのは紫苑と凛だけだ。風邪を引くからと幾度も止められたが、身体の重みで一歩一歩雪の感触を愛でたくて、侍女たちに我儘を言った。
けれど彼女たちを振り切ってでも庭へ出て正解だったと凛は思う。心配した紫苑を独り占めしながら歩く銀世界は、自然の大きさと大切な人の温もりを感じられる時間。目に眩しいほど照り返る白は、どこを探してもここにしかない。
「こら、急いで行ったら危ないだろう?」
「転んでも平気ですよ。ほら。」
わざと雪布団の上に転がってみせる。紫苑の目が一瞬驚いたように見開かれたが、すぐにいたずらっ子を諭すような優しい眼差しに変わった。
「衣が濡れたら身体が冷える。ほら、戻っておいで。」
手を掴み引っ張り上げられて、凛の身体は紫苑の腕の中に舞い戻る。そのまま抱き上げられて、紫苑の足は王宮へと戻り始めた。
「紫苑様・・・」
「そんな声音で強請られても、これ以上の長居は許してやれぬ。さぁ、中へ入って温まろう。」
「どうしても、ですか?」
「どうしても。泣くのは反則だぞ、凛。」
泣き落とそうとしたことが筒抜けだったので、肩を落として溜息をつく。仕方なく紫苑の首に腕を回して、大人しく来た道を戻る。
名残り惜しくて雪原を振り返る。もっと雪の柔らかさと優しさに触れ戯れたかったと恨みがましく紫苑の横顔を見つめていると、その視線に気付いた紫苑が微笑みながら凛の額に口付けた。
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「瑠璃色の王と星の子」【冬の精霊】は少々文量がありますので、13話に分けてお届けします。
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朝霧とおる