男二人でブライダルの話をしていても、いまいちピンと来ない。しかも共に恋人すらいないのでは全く未知の世界だった。
会社の最寄り駅近くにある定食屋で生姜焼きを口に放り込みながら、多田が仕入れてきたブライダル雑誌片手に、これから入ってくる仕事の話をしていた。
「俺の場合、まずどういう業界なのかってところから勉強しなきゃ。」
元々人付き合いが希薄な所為で、碌に友だちもいない。結婚式に呼ばれたこともない。二十六歳という年齢的な問題もある。
「まぁ、俺も似たようなものだけど。」
「でも多田さんの歳なら、周りで結婚してる人、いるんじゃないですか?」
柚乃宮と多田は細かい記事を読まず、写真だけ流し見ながらページを捲っていく。
「披露宴だけでも十回以上出てるね。女性は同年代の結婚に戦々恐々とするみたいだけど、知ってる人たちが幸せそうにしているのを見るのは、そんなに悪い気はしないよ。」
ちらりと盗み見た多田の横顔からは、言葉以上のことは読み取れない。
「何で俺が結婚しようとしないか気になるって顔してる。」
多田が柚乃宮に対して立ち入った事を聞いてこないのであれば、こちらもそのようにすべきだと思う。今まで自分たちはそうしてきたはずだし、相手に不愉快な思いをさせてまで聞きたいことでもない。そう考えていた矢先の発言だったから、柚乃宮は少し戸惑う。
「まぁ、相手がいないことには、っていう話だけど。」
「そう、ですね……。」
「好きな人はいるけどね。」
「好きな人、ですか……。」
何処までが踏み込んでいい境界線なのかがわからない。多田の言った言葉をただ反芻して、それ以上言葉が続かなかった。
「そこフリーズするところじゃないだろ。面白可笑しく問いただせばいいだけだと思うんだけど?」
返答に困って固まっていたら、多田に苦笑された。
誰であっても心の中に踏み込まれたくはない。だから自分からも相手の心の琴線に触れるようなことはしない。急にその壁を壊されたような気がして、不自然な表情をしたであろう顔を引き締め直す。
「いや……多田さんからそんな話を聞くのは初めてだなって思って。」
「まぁ確かに……言ったことも気付かれたことも、多分ないね。」
秘密主義だということなのか。多田に好かれて嫌だと思う女性はそんなにいるとは思えないが、自己評価が恐ろしく低くて慎重なのかもしれない。
「俺の知ってる人ですか?」
「どうかな。」
言い出しておいて、それ以上答えないのは意地が悪いと思う。けれど「じゃあおまえは?」と聞かれたくはないから、深追いはしなかった。
「じゃあ、四月までに情報収集はしておいてもらうとして。一度お客さんにも会ってもらうつもりだから、その時はスーツか、せめてジャケット着てこいよ。前日までには必ず言うから。」
「わかりました。」
真面目に返事をしたのに、多田が笑ってくる。
デザイン課の社員はスーツで出社しなければならないという規定がない。就活の面接試験の時もリクルトスーツを着なかったから、柚乃宮は一着も持っていなかったのだ。入社したばかりの頃、多田に同行を申し伝えられていたのに何も気にせずラフな格好をしてきたら、絶句された。背丈の同じ課長に黒のジャケットを貸し与えられて、その時は送り出されたという前科があった。
「未だにスーツ持ってないのか?」
「まぁ……。」
「冠婚葬祭に使うやつと、あとそうだな……仕立ての良いスーツは一着あった方がいいよ。急に必要になった時、すぐに用意出来るとは限らないし。何選んだらいいか、わからないってこと?」
「というより……人の多いところに出掛けるのが億劫で、延び延びになっちゃって。」
多田の形の良い眉が上げられて、柚乃宮はそっと肩を落とす。
「延びちゃって、って……もう入社してから四年経ってるけど。そういうのは早いうちに片付けた方がいいよ。土曜日、時間あるなら付き合おうか?」
「いや、多田さんの手を煩わせるわけには……。」
「生地の選び方とか、値段の相場はわかってる?」
そんな事まで気にするのか、と思ったのが顔に出ていたのだろう。
「奇抜な格好にヒヤヒヤさせられないで済むようになるなら、いくらでも付き合うよ。」
そこまで言われれば先輩の申し出を無碍には出来ない。
「じゃあ……お願いします。」
土曜日の約束を手帳に書き込みながら気付く。人と休みの日に約束をするなんて何年ぶりだろう。それだけの時間、自分が人を拒んで生きてきたということだ。拒んできた理由がある。けれどその理由を知ったら、目の前にいる多田はどう思うんだろうか。柄にもなくそんな事を思った。
定食屋を出て、同じ地下鉄に揺られて帰る。並び立つのが時々申し訳なくなるくらい、お世辞でもなんでもなく格好良いと思う。馴染んだスーツに身を包んで立つ多田の姿は、男の自分から見てもうっとりするほど様になっている。
今日、多田は何故好きな人がいるだなんていう話をしたんだろうか。誰が誰を好きであろうと、いつもなら全く気にも留めない。けれどいつもそんな話を振ってこない多田だけに、妙に気になった。
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