仕事がひと段落ついた後の休日。心も身体も開放感に満ちる。多田をきちんと家に招くのはこれが初めてだ。前回は半分寝ていて記憶にない。しかし付き合うキッカケになった事件ではあったので今となっては良い思い出ということにしている。
電気ケトルに水を入れ、スイッチを押す。多田の家のケトルを見て気に入ったので、炊飯器と合わせてコンロで使うケトルを買おうか一瞬迷った。しかし現状に不都合が出ているわけではないので、この電気ケトルが壊れたら考えることにした。
「前見た時も思ったけど、物が少ないね。綺麗にしてるし。ご飯食べてなかったのに、掃除はしてたわけ?」
ご飯はもうちゃんと食べるようになったけれど、多田にはこのネタで当分弄られる気がする。
「散らかってるのはイヤで。しかも家具がモノトーンだから埃があるとみっともないし。」
「しばらくは……ここにいるの?」
言い方に含みがあるのを感じて、どうしようかと逡巡して結局考えているままを話すことにする。
「本当は多田さんのところに転がり込みたい気分でいるけど、それにしてもアパートか何かは借りて届け出ないと変だし。今、平日に引っ越しに割けるほど時間がないから……。母さんが落ち着いて押し掛けてくるような心配がなくなったら考えようかなって。」
心配になって横で座る多田をチラッと窺い見たら、柚乃宮の頬に手を伸ばして軽く触れるだけのキスをした。見つめ合ったのが恥ずかしくてつい笑ったら、多田もつられて笑い出す。胸が満ちて頬が少し熱くなる。
カチリとスイッチが切れて、電気ケトルが沸いたことを知らせる。
「多田さん、コーヒーでいいですか?」
「……コーヒー好きなの?」
「もしかして……苦手ですか?」
柚乃宮は仕事中ほとんどコーヒーに世話になっているが、多田は飲んだりしないのだろうか。すっかり飲むものだとばかり思っていた。
「苦いし酸味があるからね。」
「それってコーヒーの存在を全否定してるようなものですね。そういえば、紅茶ならありますよ。ティーパックですけど。」
程なく紅茶に決まって、いざ立とうとしたらソファの方へ引き戻される。
目で抗議すれば、イタズラでも企んでいるかのように多田が微笑む。優しいのか厄介なのかわからないこの笑みが、柚乃宮は嫌いではなかった。一人より分かち合える人がいるなら、その方が幸せだと思わせてくれた人。甘えても受け止めてくれて、自分も愛情を返したいと思える人だ。
「多田さん……今、お昼ですよ?」
「大丈夫。誰も見てないから。」
昼間から盛っていると、今日一日それだけで終わってしまう気がする。誰も見ていないとか、そういう問題ではない。
「ちょっとだけ。」
「いつも、そう言ってちょっとで終わらないじゃないですか……。」
文句を垂れても、結局多田に身を委ねる。それをイヤだと思っていない時点で自分も多田と同じだ。
抵抗するのを早々にやめ、多田が合わせてきた手を柚乃宮から握り返して、先を促した。
まだ高い位置で輝く太陽に照らされて、二人で手を繋いでキスをした。
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