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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

マイ・パートナー28

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マイ・パートナー28

平日の一人生活がまた始まった。

解決しなければならない問題は母の事も含めると山積しているけれど、一つひとつと向き合って解決していくしかない。心の配り方が違うだけで、それは仕事もプライベートも同じだ。

多田のところを離れて、まずご飯だけは炊くようになった。炊飯器がなかったから鍋でやるかどうか迷って、結局買うことにした。朝タイマーをセットしていけるし、吹きこぼれもないから見ている必要もない。

インスタントの味噌汁とお惣菜は駅前のスーパーで買ってくる。食べるようになっただけ良しとすることにした。多田にこの事を報告したら、頭を撫でて褒めてくれた。扱いが恋人というより子どもみたいで何だか気に食わないが、多田が嬉しそうなのでその場で抵抗するのはやめた。

柚乃宮が料理をしてこなかったのは、面倒ということ以外にも理由があった。

まだ柚乃宮の家庭に何の霧も立ち込めていない頃。夕食の後、父がいつもデザートを用意してくれた。果物を切り分けただけのものが多かったけれど、それこそが楽しかった。特に林檎や梨は小さなナイフ一本でクルクルと器用に皮を剥いていく。途切れずに皮が連なった時には父と二人で大はしゃぎした。

仕事が忙しくあまり一緒にいられる時間はなかったけれど、話をすれば聞いてくれたし、面白い話もたくさんしてくれた。

キッチンに立つと一番楽しかった頃の父の姿を思い出してしまう。柚乃宮の中にある父はそれ以上でもそれ以下でもない。浮気をしていようがいなかろうが、父の事は確かに大好きだった時間があった。

父と母が離婚して、父の物は何もかもなくなってしまった。唯一父の置いていったものが、いつも使っていた果物ナイフだった。元々父のもの、というものでもない。けれど柚乃宮にとっては父のものだった。愛着があった。今思えば執着心でもあったのかもしれない。

母が自分に父を重ねるたび、父の姿の残り香を探してナイフの切っ先に触れる。母の元を離れても尚、あれだけは手放せなかった。腕から滴り落ちる鮮血には、ちゃんとあの人の血が流れていて、それを確認するたびに胸のざわめきが落ち着いた。

今思えば自分も十分病んでいて、異常な執着心だったのだと思う。

あの果物ナイフは綺麗に血の跡を拭って、回収日に捨てた。もう自分には必要なものではないし、求めてはいけないものだから。

多田を心配させていると悲しいので、その事も伝えた。多田の安堵した顔を見て、金輪際、自分を痛みつけて妙な感傷に浸るのは止めようと思った。


 同期の飲み会の知らせが総務部の木下からメールでやってきたのは、決起会の後すぐだった。
そして飲み会の席で木下が婚約の報告をしてきて、同期のメンバーは心底驚かされた。年上の商社マンらしく、いったいどこで捕まえたのかと、同期唯一の女性の婚約報告を惜しんだ。しかし随分早い結婚だなと驚きはしたものの、しっかり者の木下らしく堅実に仕事もプライベートも両立してきた結果なのだろうなと柚乃宮は思った。成熟していない自分には到底考えられないことだった。

入籍した後も仕事は続けるようで、子どもが生まれるようなことがあっても続けてみせると意気込んでいた。姉御肌で頼りにしているので、是非とも彼女の望む通りなってほしい。

どんな理由があるにせよ、見知った顔がいなくなってしまうことは心許ない気がするので、残ってくれるにこしたことはない。

着いた席がたまたま木下の隣りだった柚乃宮は、彼女の結婚話が一息ついた後も自然と彼女と話込むかたちになった。

「柚乃宮くんってすぐ酔いそうなのに、全然潰れないよね。」

「どうかな。わりと強い方だとは思うけど……。」

「やらかしちゃったんでしょ?」

 どうしてその事を知っているのだろうかと、一瞬ぽかんとする。木下は愉快そうにビールを煽って笑った。

「柚乃宮くん、お持ち帰り事件。営業三課の笹塚さんが話してた。」

 お持ち帰り事件……。なんとも際どい響きに内心ひやひやする。多田は営業三課で飲み会をしていたと言っていた。話の出所が笹塚なら、酔って眠ってしまった柚乃宮を多田が連れ帰ってくれたあの日のことで間違えない。

「お持ち帰り、ではないけど……。寝不足が祟って寝入っちゃって。多田さん、最寄駅が一緒だったから、引き摺って俺の家まで連れ帰ってくれて。仲良くさせてもらってはいるけど、上司は上司だから。後でちょっと焦った。」

 嘘をつくとボロが出るから、不都合でない真実だけをそのまま話す。

「多田さんって面倒見良いけど、柚乃宮くんには特別手を掛けてる感じするよね。前にも言ったかもしれないけど、ついつい手を出したくなっちゃう感じなんだよね、柚乃宮くんって。歳の離れた弟を可愛がってる感じなんだろうね、きっと。」

 多田が柚乃宮へ向けている感情はとっくにそれを超えているが、あえてここで訂正する事でもないので曖昧に頷く。

「仕事の事もプライベートの事も、凄く面倒見てもらってて。いつも俺の立場を考えた上で相談に乗ってくれるから、躓いてる時に助けられてばっかりで……。一生頭が上がらないかも。」

「女同士でそういう経験って、私にはまだないな。そういうのって、ちょっと羨ましい。きっと、柚乃宮くんは多田さんと相性も良いんじゃないかな。その関係、大切にした方がいいよ。なかなか出会おうと思って出会える相手じゃないと思うから。自分の財産になるよ。」

 木下は多田と柚乃宮の関係を知るはずもない。けれど色んな意味で言い当てられていて驚く。多田にも一生敵いそうにないが、木下にも無理そうだった。自分の未熟さを思い知らされているようだ。

見ている人はちゃんと見ている。多田と並び歩いて周囲をがっかりさせるような人間にはなりたくない。

 ポケットの中でスマートフォンが震える。多田からのメールだった。今終わったということは結構遅くまで残業をしたのだろう。お疲れ様ですと返信をして、木下からの言葉を思い返す。そして大切だと思える人に出会えた幸せを、そっと噛み締めた。


ブライダル案件が本格的に始動して、カードの修正作業に追われていた。式のプラン、披露宴会場、料理のコース、ブライダルエステ・・・。数えるのも嫌になるくらい種類がある。タイトなスケジュールだったが、レイアウト作成はほぼ終わり、後はテキストの微調整の依頼が入ってくるだけだ。

多田に圧縮した校正用データの添付メールを送信する。多田が明日の午前中にチェックをして、午後には投げたいと言っていたので、どうにかそれに合わせようとしていた。

「良かった、間に合って……。」

ホッと息を吐いて凝り固まった肩を解す。ブラックコーヒーを口にするつもりで紙コップを持ち上げたら、中身が何も入っていなかった。一服してから帰ろうと席を立ったところでポケットに入れていたスマートフォンが震える。

「はい、柚乃宮です。」

『データ急がせて悪かったな。でも助かった、ありがとう。もう、上がり?』

「はい、お疲れ様です。」

『そう、お疲れ様。ご飯でもどう?』

仕事のある平日の夜は毎日連絡を取り合って時間が合えば一緒にご飯を食べるようになった。多田はこういうところも本当にマメで、果たして自分の付き合っている人が男なのか女なのか時々わからなくなる。付き合うようになってわかったのは、多田も自分も結構な寂しがり屋だということだ。一緒にいて求め合い、それを確かめることで安心する。

「もちろん、行きます。」

『三階のエレベーターホールで待ってて。』

自動販売機に向かうのを止めてデスクに戻る。課員と同じフロアの人たちに声を掛けて、階段を下った。


エレベーターホールの壁にもたれ掛かっていたら、丁度上がった様子の笹塚に声を掛けられた。笹塚は営業三課に電話をした時には必ず出る人だから、社内通だ。お喋りも大好きで多田曰くこの人に話したことは次の日には周知の事実になるらしい。

「あ、柚乃宮くんだ。お疲れ様。」

先日見た時は明るめの茶髪だったが、今日は暗めのトーンになっていた。それを指摘したら、営業のおっさん達は誰も気付かないのにさすがだね、と豪快に笑った。

「柚乃宮くんてさぁ、多田さんの彼女の話とか聞いたことある?」

目の前にいる自分が付き合っていると知ったら、どんな顔をするだろう。そう思ったらちょっと可笑しかった。

「この前ね、一階のロビーで女の人と話してたみたいでさ。しかも最近、お昼とか帰る間際とか、スマホに齧り付いてるの。私、席隣りだから聞いたんだけど、はぐらかされて。絶対怪しいと思わない?」

笹塚が多田に向ける視線は芸能人などに向けるそれと似ていて、全く嫌味もない。毎日賑やかな人らしいし、わりと面倒見もいいらしい。こういうムードメーカーは部署に一人いると運気が上がりそうで悪いとは思わない。噂好きなのはちょっと困りものだけれど。

一階のロビーで話していた女はたぶん柚乃宮の母で、メールは恐らくほとんど柚乃宮へのものだ。知っているが答えられそうにないので、さぁ、と惚けた。真相を知ったら知ったで対処に困るだろう。

「そういう柚乃宮くんは、彼女さんいないの?」

彼女はいないが彼氏はいる。しかしこれも言えそうにないので、笑って誤魔化した。

自分と多田の関係は別に複雑でもなんでもない。卑下することでもないし、恥じることでもないと思う。けれど、いつでも何処でも言って回れることではないのも、また事実だ。言ったら奇異の目で見られるだろうから、わざわざ自分からひけらかしにいく趣味はない。

エレベーターの昇降機が到着して、軽快にヒールを鳴らせて笹塚が去っていく。それと前後して多田がエレベーターホールに顔を出した。昇降機が行ってしまったばかりだったので、二人で仲良く階段を下った。




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