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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

マイ・パートナー22

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マイ・パートナー22

多田とミーティングルームで別れた後、逃げるように退社した。母と会ったふりをして課長に今日は早めに抜けると報告をした。元々残業を推奨しているわけでもないし、大した嘘ではない。けれど言う時は酷く緊張したし、心臓の音が課長に聞こえてしまうのではないかと思うくらい、大きく鳴った。

 けれど本当は嘘を吐いたことに動揺しているわけではない。母が来たから、あの人がこんなところまで来てしまうから……。

 多田が握らせてくれた車の鍵を回して、隠れるように座席にうずくまった。

 二度と会わないと決めて家を出た。狂ったように笑って、自分の上でよがり狂う母親なんて、もう絶対に見たくない。

 ナイフを握って少しずつ距離を詰めてくる母。顔は怖いくらいの微笑みを浮かべているのに、目の奥は笑っていなかった。怖くないわよ、と囁いて服を一つひとつ剥ぎ取って柚乃宮の正常な思考回路を絶っていく。初めて肌に触れられ絡め取られた時、尋常ではない罪悪感と快楽が混ざり合った。他人の手で高められ精を放った瞬間、考えることをやめた。

 してはいけないことをして、自分は汚れてしまったんだと思った。次から次へとエスカレートしていく要求に、自分の中心は熱を全く持たなくなった。心も身体ももぎ取られて、空っぽになったのだ。

 あれから丸四年が経つけれど、性的なことには興味が湧かなかった。けれどこの数日は少し違う。無性に甘えたくなったり、抱き締めて欲しくなったりする。ベッドでたった一日一緒に眠らなかっただけなのに、多田の温もりがなくて寂しいと思った。そして多田が求めてくれることを心から嬉しいと思ったのだ。

 涙がスッと頬を濡らして、慌てて拭った。もうすぐ多田が来てしまうかもしれない。一人で泣いていたら、きっと多田のことだから心配させてしまう。

 コンコンと叩く音にハッと顔を上げると運転席側のドア越しに多田の姿があった。自分とミーティングルームで別れてから三十分も経っていない。母は帰ったのだろうか。

 ドアを内側から押し開ければ、多田が運転席に滑り込む。相変わらず、無駄な動きのない人だなと思った。

「待たせた。帰ろうか。」

 多田の偽りのない笑顔を見たら、さっき堪えたはずの涙がまた溢れてきた。多田が胸に引き寄せて背中をさすってくれた。

「丁度いい。そのままちょっと伏せてて。まだお母さんこの辺りにいるかもしれないから。」

 頷いてそのまま多田にしがみつく。泣きながらうつ伏せになっていると乗り物酔いしそうな気もしたが、この際そんな事は些細なことだ。

 多田はいつだって柚乃宮の意思を尊重しながら側にいてくれた。柚乃宮を手助けしたって、得になることなんて、何もなかったはずだ。柚乃宮の面倒な家庭の事情に走り回されただけである。

 多田と眺めていたブライダル雑誌にあった言葉を思い出す。

《見返りを求めず、相手を思って行動できるのが本当の愛情……》

 自分は多田から貰ってばかりで何も返せてはいない。短い同居生活がもたらしてくれたものは穏やかな時間と安心感。素直になって、自分を預けられた。もうきっと十分絆されている。多田の家に転がり込んだ時から、答えは出ていたのかもしれない。

 今自分に返せるものは誠意だけだ。その答えが多田の望むものであってくれればいいと思う。
帰ったら言おう。何かに阻まれてしまう前に。曝け出して、自分の正直な気持ちを伝えよう……。

 柚乃宮は多田のスーツの裾をそっと掴み直した。




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