多田のマンションは柚乃宮とは駅を挟んで反対側の改札口を出て、十分もかからないところにある。柚乃宮のマンションがある一帯も含め、近年開発が進み高層マンションが乱立していた。二十一階建ての十九階、しかも角部屋で3LDKだ。一人で暮らすには持て余す広さだろう。
部屋をゆっくり見渡す心の余裕ができてみれば、多田の部屋は膨大な数の本が揃えられていた。テレビやインターネットで話題になったような本もあれば、経営や社会学などの安易に手に取りたくない本まで様々だ。
並べ方にも多田の几帳面な性格が滲み出ていた。文庫本は文庫本、新書は新書と綺麗に本の高さと分野別に並べられ、整理整頓が行き届いている。無闇に手に出せば、どこが乱れたかすぐに分かってしまいそうである。柚乃宮自身もインテリアが好きで部屋を綺麗に整えることに精力を注いでいるが、自分とは違いインテリな雰囲気が部屋を覆っていた。
「柚乃宮、何か飲みたいものはある?」
「それならこの前飲んだやつ、何てやつでしたっけ。ハーブティーの……」
「あぁ、カモミールね。じゃあ、そうしようか。」
味はそんなにしないけれど、香りが好きだった。温かさが身体に広がって、ささくれ立った心を穏やかにしてくれる気がする。
「あれって、ティーパックですか?」
「そうだよ。さすがに自分でブレンドするほど凝ったことはしないね。気に入った?」
「はい。なんかあれ、落ち着きます。」
柚乃宮は家で電気ケトルを使っていたが、コンロに熱せられてけたたましい高音と湯気を吐き出すこちらのケトルが好きになった。生活感があって、ちょっとの手間をかけさせる愛嬌を感じたのだ。
柚乃宮はキッチンまで入っていき、多田が入れてくれたカップを片方受け取って、リビングのソファに腰を下ろした。
「多田さん、単刀直入に聞いてもいいですか?」
「いくらでも、どうぞ。」
どうせ失礼になるのなら、回りくどい聞き方などせずに、せめて悪意がないことが伝わってくれればいい。セクシュアリティは人によっては極端にデリケートな問題だ。
「多田さんは、女の人には興味がないんですか?」
多田は特に気を悪くしたようには見えず、カップをゆっくりと啜った。
「そうだな……微妙な質問だね。幼児時代まで遡っていいなら、女の子を可愛いと思うくらいの感性はあったけどね。」
「そこまで遡ると、ちょっと違う気もするけど……。」
柚乃宮は自分の幼児期まで記憶を辿ったが、自分も似たり寄ったりだっただろうと結論づけた。そもそもあの頃の自分が、男だ女だなどと意識していたとは思えない。多田の言葉にちょっと首を傾げた。
「まぁ、そうだろうね。そう考えると……やっぱり最初から好きになるのは男だったかな。」
多田の言葉を不快に感じたりはしない。やっぱりそういうものなのかな、とだけ思った。
「拒絶しないでくれたのは嬉しいんだけど、柚乃宮は本当にわかってる?」
「え……?」
「俺、おまえが欲しいって言ってるんだけど。一つ屋根の下で全く警戒心がないのも、少々困りものなんだけどね。」
柚乃宮が驚いて目を見開けば、苦笑された。
「心配しなくても、強引に押し倒したりする趣味はないよ。既成事実だけあっても虚しいだけだし。俺は好きな人の心ごと欲しい。それは誤解されたくない。」
言外に抱きたいと言われていることに一瞬固まって、その事を不快に思わない自分にまた驚いた。頭が沸騰しそうになって、多田から目を逸らす。
「言ってなかったんだけど、これソファベッドだから。そんな顔されると耐えられそうにないから、今日から俺はここで寝るよ。」
「え?」
「柚乃宮は俺のこと純粋に面倒見のいい先輩だと思ってるのかもしれないけど、俺は清廉潔白なわけじゃないから。これ以上の生殺しは勘弁して。」
多田が困ったように微笑んだ。柚乃宮の事をいつも優先して考えてくれる多田に、結構な我慢を強いていたことを悟って申し訳なく思った。優しさの裏にあるものを読み間違えたら、きっと多田を傷付ける。そんな事だけはしたくなかった。
「多田さん……もう少しだけ、待ってくれますか?」
「もちろん。いつまでも待つよ。どんな結論でも、ちゃんと聞かせて。」
多田の目をしっかり見て、柚乃宮は深く頷いた。
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