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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

マイ・パートナー16

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マイ・パートナー16

 中学を卒業する年、柚乃宮の両親は離婚した。父親の浮気が原因だった。けれどその頃の柚乃宮の母親は気丈で、夫である柚乃宮の父親から慰謝料と養育費をしっかり約束させて別れたらしい。その後支払いもつつがなく行われた。

 しかし柚乃宮が大学に通うようになって転機が訪れた。柚乃宮が母親の元を離れて一人暮らしを始めたのだ。一緒に暮らしていた場所からは通学時間が二時間と微妙な距離だった。それと共に単純に一人暮らしへの憧れもあったのだ。希望通りの美大に入り、新しい生活に胸を膨らませていた。父親が送ってくる養育費とバイト代で生活を回していく目処もついた。

 けれどこの決断が、母子の平穏な日常を少しずつ狂わせ、戻れないものにさせた。

 離れた母親からの執拗な電話やメールの催促。徐々にそれはエスカレートしていった。

 授業中、バイト中に構わず掛かってくる電話。最初は鬱陶しいなと思う程度だったが、柚乃宮が大学に入って初めての夏を迎える頃には、一日百件を超える着信が入るようになっていた。

 子どもが離れた張り合いのない日々、仕事に励む意義も見出せなくなり、その寂しさが柚乃宮の母の心を蝕んでいた。

「さすがに変だと思って、母さんのところへ戻ったんです。話を聞いたら、寂しかったって言ってたから……俺が側にいれば、また元に戻るだろうって。でも後でそれが安易な考えだったんだって思い知ったんです。気付いた時には、もうどうしたらいいのかわからなくなってて……。」

 そのまま言葉を詰まらせて、柚乃宮は俯く。

「……俺の事、絶対軽蔑します。何で逃げなかったんだって。でもそんなの、どうしたらいいかなんて……」

 急に取り乱し始めた柚乃宮の手を引いて抱き寄せる。そして宥めるようにそっと背を撫でた。

「柚乃宮、忘れたの?」

 どうしたら柚乃宮の信頼を得ることができるのか、いつだって手探りだ。でもどんな苦難が待ち受けていたとしても、大切な人へと繋がる道がそれしかないのなら、自分はその道を迷わず選ぶ。誰が柚乃宮の事を蔑んだとしても、せめて自分だけは受け留めてあげられる存在でありたい。

「好きなんだよ、柚乃宮のことが。絶対におまえのことを軽蔑したりしない。俺じゃあ、信じるに足らない?」

 柚乃宮はそっと多田を窺うように見上げ、暫く迷ったように瞳が揺れた。そして俯き、多田の胸に頭を押し付けて息を吐き出した。

「多田さんに、嫌われるのが怖い……。」

「……どうして?」

「多田さんは真っ直ぐ過ぎて、それが、怖い。そんな当たり前みたいに、好きだなんて言ってくるの、多田さんくらいだよ。なのに、そんな多田さんにも嫌われたら……。」

 柚乃宮の言い方に不謹慎にも笑ってしまった。何故笑っているのかという不審感を露わにした柚乃宮の目が多田に向けられている。

 言った柚乃宮本人はわかっていないのだろう。特定の人間に対して嫌われるのが怖いと思うのは、その人の事が好きだからだ。好きだから、嫌われたくない。

 きっかけはどうであれ、柚乃宮の心はちゃんと多田のもとへやってきた。それこそ絶対に叶うことのない望みだと思っていたのに。

「ごめん……嬉しくて。嫌われたくないって思ってくれるんだ?」

「そんなの……」

「当たり前じゃないよ。俺こそ軽蔑されると思ってたわけだから。だって、そうだろ?」

 問うてみれば、柚乃宮は不思議そうに見つめ返してくる。柚乃宮の瞳は口より雄弁に気持ちを語っていた。何かのフィルターに阻まれて、その気持ちを見えにくくしているだけだ。

 多田は柚乃宮の中にある自分への気持ちが、単なる先輩への憧憬ではないことを確信したが、出来れば自分自身でその気持ちに辿り着いて欲しかった。柚乃宮の中で整理がつくまで、今は待っていたい。

「多田さんのこと、信じたい。何を言っても、いつもみたいに大丈夫だよって言って欲しい……。」

「……約束するよ。」

 多田の腕の中にいることに、もはや違和感すら覚えないらしい。柚乃宮の好きなように寄り掛からせる。

 軽蔑しないと約束した手前、極力驚いた素振りも見せないように努めようと思っていた。しかし柚乃宮からの告白に、自分の考えの甘さと柚乃宮が受けた心の傷の深さを思い知らされた。

「……抱いて、って言われたんだ。俺、父さんに顔が似てて、だから、かな……でもやっぱり、正気じゃなかったと思う……。」

 最初は柚乃宮も拒んでいた。どうして母がそんな事を望むのかわからなかった。実の子どもに迫るなど正気の沙汰ではない。

 けれど徐々に脅しがエスカレートし、ついに刃物を突き付けられた。その時、柚乃宮の母親は彼の名ではなく、父親の名前を叫んでいたらしい。

 働きながら家事に育児に奔走する自分を捨てて、若い女と遊び歩く。確かに耐え難い屈辱だろう。我慢して頑張り過ぎて気が触れるのもわからない話ではない。

 けれどだからと言って、何をやっても許されるわけではない。それとこれとは話が違う。柚乃宮が受けた衝撃は想像を絶するものだっただろう。

「……母さんが、初めての相手だったんです。脅されるから怖くて、でも、それだけじゃなくて……ッ」

 それ以上言わせるのは可哀想になって、多田は柚乃宮を胸に強く抱き締めた。

 十代後半の血気盛んな時に、そのように触れられて刺激されれば、誰だって快感には逆らえない。よほど生理的に受け付けない相手でない限り、そんなのはどうしようもない。

 多田は今までにないくらいの憤りを感じていた。どうしてそんな酷いことが出来るんだろう。本来守ってもらえるはずの肉親からの卑劣な行為が許せない。どうして今まで誰も柚乃宮を助け出すことが出来なかったんだろう。

「多田さん、俺ね……逃げたんです。就職先も住む場所も言わないで逃げてきたんです。でももう、見つかったんですよね……。」

 俯いたまま小刻みに震え出した肩がこの上なく愛おしくて堪らなくなった。

 身体を大切にしようとしないこと、若いわりに防犯設備の整ったマンション。全てがきっとここに行き着く。

「柚乃宮、話してくれてありがとう。でもな、一人で頑張り過ぎだよ。これから先、怯えないで生活出来るように、ちゃんと解決しよう?」

「……どうやって?」

 ぱっちりとした瞳が涙目のまま見上げくる。

「もうひと頑張りできる?」

 簡単に解決するとは思わない。相手はまだ柚乃宮に執着している可能性が高いからだ。だから残念ではあるが知識のない多田ではどうしてやることもできない。下手に手を出して事態が悪化したら居た堪れない。専門のプロに任せるべきだ。

 多田はテーブルの下にまだ転がったままの鞄を足で引き寄せて、分厚い名刺のファイルを取り出した。あ行を捲ってすぐに目的の名前を見つける。柚乃宮にその人物の名刺を指で指し示しながら告げた。

「これから先、お母さんと話すにしても直接会うのは危険だと俺は思う。前科があるわけだからね。だからこういう人たちに頼ってみても良いと思う。この弁護士さんは俺のお客さんなんだけど、新人の頃からずっとお世話になっている人なんだ。専門は少年犯罪だから違うけど……柚乃宮は今俺に話したこと、もう一度話せそう?」

「だから、もうひと頑張り……。」

 本当は強引にでも弁護士のところへ引き摺って行きたい気分だが、出来れば納得して本人の意思で出向いて欲しかった。そうでなければ、任されるあちらも手をこまねくだろう。

「多田さん、も……」

 不安げに多田の寝間着の裾を引っ張ってくる仕草が可愛くて、うっかり顔が上気しそうになる。

「……俺もついて行こうか?」

 はい、と恥ずかしそうに小さな返事が返ってくる。その様子に胸を掴まれ、体温が勝手に上がっていく。

 抑え切れていなかったらしい情欲がいっきに熱をもたらして、少々都合の悪い現象が起こり始めて焦る。

「柚乃宮ごめん、あのさ……ちょっと、身体離してくれるかな……。」

「え、あ、はい……?」

 何だろうと純粋に問うてくる目を避けるように、飲み終わったカップを下げるふりをしてキッチンに向かう。

 肩で大きく息を吸って吐き、反応し始めた下半身の熱を必死に宥めた。

 どうせ見られているわけではないのだから、構わずバスルームで処理しておけば良かったのだ。普段わりとスパンが短いのに我慢などしているからこんなことになる。

 情けなさで頭がいっぱいになりそうだった。

「多田さん、どうかしたんですか?」

 至近距離で柚乃宮の声がして飛び上がりそうになる。背後から少し赤くなったウサギのような目が多田の様子を窺っていた。

「いや、ちょっとね……反省してただけ。」

「反省?」

「強引だったかなと思って。」

 柚乃宮が多田の言葉を聞いて笑い出す。

「強引なのは、いつものことなので大丈夫です。」

 柚乃宮の中で自分の立ち位置がどういうものなのか大変気になる。どれだけ自分勝手な奴だと思われているのだろう。

 邪な考えばかりで接していたと知ったら、幻滅されるだろうか。妄想を全てぶつける気はないけれど、それに近しいことは今後やらかしてしまう気がする。

 いつか多田に対して抱く気持ちに明確な名前がついた時、それでも同じままの自分たちでいられるのかはわからない。けれどそうあってくれれば良いなと、多田は柚乃宮に笑顔を返した。




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