柚乃宮と多田は夏休み休暇を合わせて取り、蓼科へ来ていた。
夏休みがいつかと聞いてきたのも、一緒に取ろうと言い出したのも多田の方だった。
「夏休み、いつ取るの?」
「今年も志摩課長が適当に決めてくれると思いますけど。」
柚乃宮には恋人と一緒に休みを取るという概念がなくて、例年通り希望も出さずに志摩課長の采配に任せる気でいた。夏休み休暇は消化しなければいけないので、待っていれば勝手に降ってくる。
多田の機嫌を損ねる気は全くなかったのだが、その後盛大に拗ねられた。
付き合い始めて改めて気付くことは多かった。知っているつもりで知らないことも沢山あった。
仕事中、多田は一人で飄々としていることが多いように思っていた。けれどプライベートで二人きりだと、いつでも一緒がいいと言うし、ベッタリだ。
また、苦いもの辛いものが不得手で、逆に甘い物に目がなかった。スイーツを売りにしているカフェなどにも率先して行こうとする。カフェに引き摺られていった時はその場で食べることもあったが、男二人では大抵浮くので、家に持ち帰ることも多かった。
本棚に入っていたスイーツや手土産雑誌はてっきり営業の差し入れに使うための情報収集ツールだと思っていたが、好きで自ら率先して買っているものらしい。以前仕事で柚乃宮も使わせてもらったウェディング雑誌もそのまま本棚に収まっていた。
そしてブレイクタイムに飲む物も凝っている。烏龍茶やハーブティーにあんな種類があったとは知らなくて、多田の家のキッチン戸棚はそういったもので溢れ返っていた。
マメだし細かい。好きなものが細か過ぎるのでついていけない。
そして歳の差が九つあるのも大きい。その年代で見てきたものは違うし、学生時代の話をしていると特にその差を感じた。
そんな中、一つだけ共有出来るものがあった。二人とも数多くあるスポーツの中で中学、高校時代に硬式テニスをやっていたのだ。
夏休みにどこへ行くか迷って、結局蓼科にしたのは、避暑地でテニスも楽しめるからだ。
二人して運動不足だったので、試合はせずにラリーを楽しんだ。経験者同士だとブランクがあってもほとんどラリーが途切れないのでストレスがない。
一時間ほど打ち合って、足が重くなる。調子が出てくるとスピードが上がるので息も切れる。
程なくギブアップして、コートの外のベンチに腰掛けた。予約分の時間を使い果たせただけでも、久しぶりにしては上出来だ。
しかし明日筋肉痛になるかもしれない。もうすでに太腿が鈍く痛み始めていた。
「健斗は、足が速くてフットワーク軽いから羨ましい。」
「でも、パワー系の人と当たるとダメでしたよ。特に多田さんみたいに身長差があるとダメで……。」
試合だと、まさに多田のようなタイプに弱いので、なにからなにまで勝てない気がして、少しガッカリもする。
「なんか振られたみたいで悲しい……。」
「背が高くて羨ましいっていう話をしてるのに、どうして捻くれた考え方するんですか……。」
多田がジッと柚乃宮の頭頂部を見つめている。
「まだ身長伸びてる?」
「もう伸びないですって。今年で二十七になるんですよ。多田さんはいくつあるんですか?」
「一七八……だったかな。健斗はそれくらいが丁度いいから。」
何が丁度いいのかは知らないが、本当はもう五センチくらい欲しかった。けれど無い物ねだりをしても仕方がない。
「今くらいが一番抱き心地がいい。」
手を重ねてきながらとんでもない事を言い出す多田を、柚乃宮はギョッとした顔で見た。
隣りのコートにも人がいて、歩道を通り過ぎる人もいるかもしれないのに、勘弁してほしい。
キスしそうなくらい顔が近付いてきて、意地悪く多田が笑った。
「戻ろうか。」
運動して出た汗より、冷や汗の方が多いのではないかと思ってしまう。
星が綺麗だと言っていたから、楽しみにしていた。だから夜までなんとか無事でいたい。チケットがあるのだから夕食までは大丈夫、と自分を励まして柚乃宮はベンチから立ち上がり多田の後に続いた。
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