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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

とある冬のブレイクタイム

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とある冬のブレイクタイム

客先から送られてきたテキストデータに目を通し出力する。多田はその内の一枚を手に取り、赤のペンで一か所書き込みをした。一旦電話の受話器に手を掛けたが、すぐに手を引っ込めて席を立つ。電話より直接口頭で伝えた方が不便がないし、なにより柚乃宮に会う口実があるなら、せっかくの機会をふいにしたくはなかった。

軽快に階段を上がり、デザイン課のフロアに入る前に一呼吸置く。柚乃宮に会えると思うとどうにも緩みがちな顔に力を入れた後、多田は柚乃宮の席へ足を向けた。

「柚乃宮、お疲れ。今、いい?」

「お疲れ様です。どうぞ。」

少し他人行儀なやりとりに二人で顔を見合わせて小さく笑う。気恥ずかしさを振り払うためか、柚乃宮がひとつ咳払いをした。

「これ、原稿入ってきたんだけどさ。」

「時間通り来てくれて助かりましたね。」

「うん。あのさ、ここ・・・送り仮名なんだけど・・・」

数パターンあるPOPの文字原稿とサイズを記した紙を柚乃宮に差し出し、多田は先ほど赤で手直しを加えた一枚のテキストを指差す。

「あ・・・間違ってますね。原稿通りと直したやつ、二つ作っときますね。」

「助かる。初校、最短でいつになる?」

デスクの上に乗った小さな時計としばらく睨めっこしていた柚乃宮は、仕事の一覧を書いたリストを眺めてなにやら書き込みをして、最終的に頷いた。

「定時ギリギリで良ければ、今日初校データ送ります。」

「わかった。待ってる。」

多田は手書きのリストを盗み見て、心の中でこっそり溜息をつく。どうやら柚乃宮は残業のようだ。一緒に仲良く夕飯をともにする、という多田の楽しみは打ち消されて、恋人らしい時間は休みの日が来るまでお預けになりそうだった。

「柚乃宮」

仕方がないので他の手を使おうと、ダメ元でお伺いを立ててみることにする。

「昼はまだ?」

「あ、はい。」

「俺、もう少しで入るんだけど、一緒にどう?」

「はい。ご一緒します。」

少し照れたような顔で誘いに乗ってくれた彼に微笑んで、多田は柚乃宮のデスクを軽い足取りで離れた。

昨日はフラれていたから、少し気持ちが持ち直す。自分自身が多忙だと細かいことは気にならないのだが、必ずしも柚乃宮と多田の仕事量は比例せず、大概多田の方が待ち惚けを食らう。

「昼、どこにしようかな。」

いくつかの店舗が頭の中を駆け巡って、多田は頭を捻る。山沿いでは雪も予報される寒い日。柚乃宮には温まってもらおうと、鍋の店に照準を合わせた。

 * * *

ちょっと出るだけだからといって、コートも羽織らず出てきた柚乃宮に顔を顰める。指摘したら、過保護だなんだと柚乃宮が逆に眉を寄せる。下手に追及して臍を曲げられても困るので、多田の方が折れるより他ないのだが、今すぐにでもすっぽりと包み込みたい衝動をどうにか堪えて、店までの道を急いだ。

「今日は鍋日和ですよね。」

「そうだね。」

ほら、思った通り、寒いんじゃないかと心の中で柚乃宮に告げつつ、言葉にするのはやめる。

「多田さん」

「今は聡でいいだろ?」

「ダメです。いつ同じ会社の人来るかわかんないのに。」

メニューに視線を落としたままぴしゃりと言い放たれて、多田はひっそり肩を落とす。柚乃宮の言う通りだから、あまり強くも出られない。

「多田さん、何がいいですか?」

「午後お客さんのところ行かなきゃいけないから、キムチ以外で。」

「あ、そっか。匂い?」

「そう。」

唸り始めたところを見ると、どうやら冷えた彼の身体は熱くて辛いものを求めていたらしい。けれどキョロキョロとメニューを見回して、すぐに柚乃宮は視線を上げた。

「じゃあ、このつくねのやつ。」

塩ベースのシンプルな鍋は、普段二人で鍋をする時と同じタイプのものだった。無意識で選んだのか、意図して選んだのかはわからないが、二人の時間が柚乃宮の中に浸透しているかと思うと嬉しくなる。

多田は微笑んで同意し、柚乃宮は慣れた様子で店員にオーダーした。

「柚乃宮」

呼ぶとおしぼりに視線を落としていた彼が顔を上げる。

「今年の夏休み、どうするの?」

「え? 夏休み、ですか?」

「うん。」

まだ春にもほど遠いというのに、この男は何を言っているのだろうという顔で柚乃宮が少し呆れた顔をする。多田としては早いところ彼のスケジュールを押さえたい。一緒に休みを取ろうよ、というお誘いをしているわけだが、こちらの目論見通り、すんなり話が進んでくれるかどうかはわからない。

「決まってないなら、イタリアはどう?」

驚きの目が多田を射抜いて、すぐに期待のまなざしに変わる。多田は心の中で安堵の息をついた。

「行きたいです!」

「そしたらさ、休暇、今年も合わせて取ろう。」

「はい。」

彼の部屋の本棚で、最近デザイン書籍の次に多いのがイタリア関連の本だ。行きたがっているのを知りながらも敬遠してきたのは、多田自身が飛行機に苦手意識があるからだ。短距離ならまだいい。しかしイタリアまでの飛行時間は十二時間を超える。考えただけでも意識が飛びそうなところをどうにか乗り越える気になったのは、やはり柚乃宮の喜ぶ顔が見たいからだ。

嬉しそうに破顔する柚乃宮を見て、提案して良かったという気持ちが辛うじて勝つ。どうにかなると言い聞かせて、多田は不安を呑み込んだ









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