柚乃宮がテーブルで何やら熱心にスケッチブックへ描き込んでいる。描いては捲り、また次のページに新たなラフ画を描いていくことを繰り返していた。
声を掛けるのも憚られるほど集中しているので、多田としてはちょっとした疎外感。しかしこの歳で構って欲しいと駄々を捏ねるのもみっともなくてできない。
二人でまったりと過ごすはずだった休日。多田はその目論見が外れて、少々残念な気持ちを持て余していた。
けれど今まで一緒に仕事をしてきた中で、今回、柚乃宮は間違えなく一番張り切っている。その邪魔をするのは申し訳ないし、応援したい気持ちは勿論ある。
しかし二人きりで過ごす時間が削られてしまうのは些か納得がいかなかった。
「健斗。ここにジャスミンティー置いとくよ?」
「あ・・・ありがとうございます。」
「どう? 捗ってる?」
「はい。」
返事はしてくれるが、多田の方へ顔を向けることはない。視線はスケッチブックに落ちたままだ。
「ねぇ、健斗。」
「何ですか?」
「・・・。」
ソファに並んで腰を下ろし、恋人に構ってもらえない虚しさを隠しもせずに柚乃宮の肩にもたれかかった。
「聡さん?」
「やっと、こっち向いた。」
「あとちょっとで終わりますから、待ってて下さい。」
「あとちょっと、ってどれくらい?」
大袈裟に拗ねたフリをすれば、仕方ないな、という顔をするものの、結局柚乃宮の視線はスケッチブックの方へと戻っていく。残念ながら返事は貰えなかった。
男性用化粧品のモデルが正式に決まった。柚乃宮が紹介した彼だ。今はそのポスターの構図を決める作業をしているのだろう。
本来なら家に持ち込む仕事ではないが、職場ではメーカー側の大橋との打ち合わせで忙しく、作業に集中できないらしい。それで普段は持ち込まない仕事を、恋人の家に来てまでやっているのだ。
明らかに自分は柚乃宮の邪魔になっている。これ以上妨害すれば、終わるのが遅くなって、多田にとっても良い事はない。
今日は彼が何と言おうと囲い込んで泊まらせる。この手で翻弄して、朝まで愛し尽くしたい。
近頃、柚乃宮は週末も出勤が続いていて、多田はお一人様の休日を強いられていた。もうこれ以上お預けを食らうのは心身共に限界だ。だからあと三十分でも三時間でも待って濃密な時間を手に入れられるなら、いくらでも待つ。
柚乃宮の肩にもたれていると、彼の体温を感じる。嗅ぎ慣れた匂いに浸っていると、暫く触れていなかった反動で、抱き寄せたい欲求はすぐに湧き上がってきた。
しかしここでそんな事をすれば柚乃宮を怒らせる。柚乃宮は自分のペースを妨げられる事を何より嫌うからだ。
「聡さん」
「うん?」
「今日はこれで終わりにします。」
「そう。」
穏やかな口調で返しながら、柚乃宮がペンをテーブルへと置いたのを見届けて、すぐに抱き寄せた。
「ほったらかしにして、ごめんなさい。やり始めたら楽しくて。」
「俺といるより仕事してる方が楽しいんだろ。」
「拗ねないで下さいよ。」
「拗ねてない。」
「・・・。」
わざとそっぽを向いた自分に、柚乃宮が頬に唇を押し当ててきた。久々の柔らかい感触と近しい身体の距離に、喜んでしまう自分は現金だ。
「健斗。脱がして。」
「ッ・・・。」
柚乃宮は多田を脱がせるのが苦手だ。そして自ら脱ぐのも気恥ずかしいらしい。強請ってもなかなか本人の意思では脱ごうとしない。
恥じらう姿を見たくてやらせているのだから、こちらの思う壺なのだが、当人はその事に思い至っていないだろう。
柚乃宮はみるみる顔を赤くして多田の胸元で悩んでいる。多田が譲らない事を経験上知っていても、羞恥心が優っているうちはなかなか柚乃宮も行動しない。
しかし柚乃宮はいつもより耐え性がなかった。暫く多忙でお預けだったのという条件は多田と同じ。欲求不満だった事が背中を押して、多田のシャツのボタンを外し始めた。
もう幾度となく繰り返したはずなのに、緊張している手が愛おしい。すぐにでも組み敷きたい衝動は、その緊張した姿見たさに、どうにか堪えている。
上半身に纏う物がなくなれば、あとはズボンとトランクスだけ。いつもの彼なら、またここで一度躊躇うのだが、今日はその様子がなかった。
ズボンのファスナーを下ろされたところで腰を少し上げると、もう観念したように彼の手が多田を剥き身にした。
緩く勃ち上がっていたものが揺れて飛び出る。恥ずかしそうに目を逸らしながらも、意を決したように自らも着ていた物を脱ぎ捨てた。
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朝霧とおる