会議室が溜息で埋め尽くされる。男性化粧品の広告制作をするためにメーカー側がモデルを選ぶオーディションをしたが、目ぼしい人材がいなかったのだ。
これで企画が振り出しに戻ってしまう。けれど時間は刻々と過ぎていくし、正直な話、猶予はほとんどない。
お手上げ状態の中でも策を練ろうと思案していると、隣りに座っていた柚乃宮がテーブルの影に隠れているところで多田を指で突いてきた。
彼の方に顔だけ向けると、ノートを見ろと指で示してくる。
言われるがままにノートに走り書きされた言葉を見て、駄目で元々だろうと柚乃宮に頷いて、彼に発言するよう促した。
「大橋さん。実は私の知り合いでカメラマンがおりまして、彼が先日一人のモデルさんを紹介して下さったんです。画像があるので、ご覧いただけませんか? 私としては御社のイメージにあったモデルさんかと思うんです。」
「そうなんですか? 是非拝見させて下さい。」
「スマホの画面なので小さくて申し訳ないんですけど・・・」
「柚乃宮、データ送ってくれる? スクリーンに出して見よう。」
「あ、そうですね。」
「大橋さん、少しお待ち下さい。」
柚乃宮が送信してくれた画像を開くと、確かに彼の言うように、大橋たちが要望していたイメージに合う、美しく透明感のある凛とした青年がそこにいた。
スクリーンに映し出すと会議室がざわめく。期待に満ちた声が多かった。
「都内の美大に通う学生さんらしくて、モデル経験がないことだけがネックなんですけど・・・。」
「そうか、経験がないんですか。」
「ただ、カメラマンの神田がアルバイトとしてスタジオに彼を呼ぶ日があるそうなんです。その日、実際彼に会えるようセッティングいたしましょうか?」
「そんな事できるんですか?」
「大丈夫ですよ。そうしましたら早速、神田の方に連絡を入れてみます。」
「それは助かります。本人に会ってみないことにはどうにもならない事ですからね。」
柚乃宮が席を立って目配せをしてくる。とにかく時間が惜しいから、今すぐ例のカメラマンに連絡をするのだろう。
「今、連絡取ってみますね。」
「そうしてくれ。」
慌ただしく会議室を出て行った柚乃宮の背中を見て思う。成長したな、と。
淡々と仕事をするタイプで、自分が面倒を見始めた頃はあまり感情の起伏がなかった。それこそ心配になるくらいに。
けれど一悶着あって付き合うことになり、以前より感情表現が豊かになった。一匹狼気質は変わらないが、客に気を配って立ち回れるくらいにはなっている。
付き合ってから丸一年。過ぎていく時の流れは速かったが、良い意味で柚乃宮は変わっていた。
彼の生き生きとした目を見るのは好きだ。それは自分をジッと見つめてくれる扇情的な目に勝るほど。
過去に辛いことがあった分、自分と過ごしていく時間は楽しいものになって欲しい。交流関係が広がりつつある彼が、自分以外に目を向けるかもしれないという僅かばかり湧いてきた不安と嫉妬心だけが、多田を少しばかり悩ませているに過ぎない。
パタパタと廊下を走る音が近付いてきて会議室の扉が開く。
「大橋さん。今週の金曜日、どこかでお時間作れますか? 撮影スタジオにいらしていただいて構わないそうです。」
「それは良かった。早速調整させてもらうよ。」
「撮影は朝から夕方なんですが、それは女性誌の方の撮影で。その撮影が終わった後、この彼を撮る時間を作るそうなんです。もしご都合がつけば、その頃いらして下さいと。」
「わかった。ありがとう、柚乃宮さん。」
「彼に関する資料をデータで送ってもらうので、当日までに大橋さんへ転送させていただきます。」
停滞していた話が小気味良く動き出す。これで双方の歯車が上手く噛み合ってくれれば、走り抜けることも難しくないだろう。
仕事は個々の能力だけでは回らない。人の縁が思わぬ成果を運んでくれることは多いものだ。これも柚乃宮が成長した証。彼の縁に感謝しなければならない。
「まずはお会いしてからですが、もしこの画像通りの彼なら、決めると思います。見た瞬間に我が社の商品にぴったりの人だと感じたので。」
「お伝えしてみて良かったです。決まった時スムーズに撮影へ移れるよう準備をさせていただきますね。」
「助かります。本当に時間が切羽詰まっていたから、どうなる事かと思ってましたけど。光が見えた感じです。」
「はい。」
柚乃宮が嬉しそうに大橋へ微笑む。良かったな、と心の中で呟いて多田も大橋へ頭を下げる。
今回は柚乃宮に前へ出てもらい、自分は裏方に徹して、彼が動きやすいよう全力を尽くそうと心に決めた。
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朝霧とおる