億劫だなんて思いながら、剥き出しの好意を浴びるのは嬉しい。どうにか触れようと伸びてくる手や、他愛ないことを語るだけで喜んでもらえると、自分が彼のそばにいる意味を見出せる。逐一恥ずかしかったり驚いたりするのは、人と深く接することに免疫がないから、衝撃が大きくてキャパシティを超えているだけなんだろう。
宮小路は本当に好意を隠さない。そして拒まれるかもしれないと恐れもしない。永井が足踏みをして受け入れることを躊躇っていても、急かすこともなく微笑みながら待ってくれる。
器の違いか性格の違いか、いずれにしても眩しいほどに彼の熱情は真っすぐだ。
少しでも彼に欠点があるならそれを言い訳に永井は逃げていただろう。しかし熱烈な求愛は衰えることを知らず、永井が受け入れることに一片の疑いも持っていないように見える。この甘い激流に身を任せることは、端的に言って幸せだった。彼の熱情に胡坐をかくのは申し訳ないが、もう少しだけ受け入れるための時間がほしい永井だ。
「よし。あと、もうちょっと。」
週末が楽しみで頑張れてしまう自分が新鮮で、この浮かれた気持ちを心のどこへ仕舞ったらいいのかわからない。
テーブルの上でさりげなく重ねられた手の感触がまだ残っている。時折思い出したように顔が熱くなるので、染色で共に作業していた人たちから、具合が悪いのかと心配されたくらいだ。
難易度の高い型染めは職人に任せ、引き続き手伝いと記録に徹していると、外で聞き慣れたバイク音が止まる。紡績工場で働く多くのスタッフが出前を利用するので、今日も御重の数はそれなりだろう。
開け放った窓から外に目をやると、ちょうど正面玄関から伏せ目がちな青年が入ってくるところだった。
「永井くん。終わったよ。次の作業入っちゃうけどいいかい?」
「あ、はい。お願いします。」
糸の型染めが終わり、蒸し器に収めるため人手がいる。永井は汗の滲む手をタオルで拭って作業に加わった。
半袖のシャツから剥き出しになっている永井の肌は白く、頼りなさを感じる細さだ。宮小路はこの手を陶器のようだ、人形のようだと愛でるけれど、永井は宮小路の逞しい腕こそ憧れる。結局お互いに、ないものねだりなのだろう。
宮小路に甘やかされるのはこそばゆい。居た堪れなくて、目を合わせることもままならない。どうせ褒めてもらうなら見た目ではなく、仕事で成果を上げて褒められたいものだ。心血注ぐものを認めて欲しいと願うのは人として当たり前にある願望だと思う。
「やっぱり、こっちの方がいいかもな。」
「手間はかかるけど、俺もそう思うよ。」
「お手数お掛けします。」
「いやいや。永井くんがいい仕事持ってきてくれたんだから、俺たちも頑張るよ。」
「ありがとうございます。」
染まり具合は実際乾かすまでわからないものの、特にシーツの場合はリバーシブルにすると格段に使い勝手が良くなる。裏表に囚われず使用できれば、ベッドメイキングの手間がひとつ省けるはずなのだ。
糸の配列を崩さぬよう慎重に蒸し器へと収めると、それぞれが休憩のために持ち場から離れる。永井もそれに倣って一度控え室へ向かい、連絡の有無を調べるため携帯電話を手に取った。
ディスプレイを開いて絶句したのは、今朝同様、非通知着信の嵐だったからだ。おびただしい数に恐怖すら感じたが、合間に重要な連絡が埋もれていないか確認する。永井が昼休憩から戻り、工場で作業をしていた約一時間に電話は集中していた。
気味が悪いものの、こんな事を誰かに相談したところで何かわかるとも思えない。『アクアリウム』で宮小路と交わした言葉がふと頭をよぎったが、第一自分は成人した男だし、危ない人に狙われるような悪行を働いた覚えもない。悪戯だろうと思い込みたい気持ちも強かった。
着信履歴を綺麗さっぱり削除すると、幾分気持ちも晴れる。見なかったことにしようと永井は携帯電話を鞄に仕舞った。
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朝霧とおる