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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

宮小路社長と永井さん『アクアリウム』41

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宮小路社長と永井さん『アクアリウム』41

織り上がった布地に型を当て糊を置いていく。もち粉と米ぬかから作られるペースト状の糊は染色用のものだ。糊が乾くのを待って、滲みを防ぐためのふのりを塗り、再び乾くのを待つ。そしてようやく染料を布地へ塗っていくと糊を乗せた部分が綺麗に白く残り染め上がっていった。あとは蒸して色を定着させ、糊を落とすために一晩水へ浸けておけば完成だ。

根気のいる作業だが、永井はこの実験とも呼べる時間が好きだ。職人たちと染め具合を見て試行錯誤を繰り返す。

元来黙々と手を動かしている方が向いているから、本業ではないにしろ、仕事を口実に工場へ籠るきっかけをいつも探している。宮小路の案件はうってつけで、井伊夫妻も快く送り出してくれたから、すっかり入り浸っている。

「永井さん」

「はい。」

「乾かしている間に休憩しちゃいましょう。」

「そうですね。」

足腰の状態が万全ではない中で立ちっぱなしだったから、作業に没頭していたとはいえ集中力が切れると、どっと疲れが押し寄せてくる。宮小路の言葉を思い出し慌てて室内にある時計に目を向けると、すでに午後一時を回っていた。今から『アクアリウム』へ行っても、彼はとうに休憩を終えているだろう。

「腰、痛い……」

足も全力疾走を繰り返したように重く、筋肉が悲鳴を上げている。昼食を摂るにしても外出するのは億劫だ。宮小路に会えないのは残念だし、早速初日から彼の期待を裏切ってしまうのは申し訳ない気がしたが、嬉々として『アクアリウム』へ顔を出すほどの体力はない。

小幅なストロークで荷物の置いてある控え室へ行き椅子へ腰を下ろす。すると一緒に染色作業をしていた初老のスタッフが出前のメニューを差し出してきた。

「永井くんもどう?」

「あ……頼みたいです。かつ丼とざる蕎麦のセットにしようかな。私が電話しますよ。」

「そう? ありがと。俺は親子丼で。永井くん、細いのに結構食べるよねぇ。俺も若い時は食べても太んなかったんだけどなぁ。」

丸みのあるお腹を叩いて快活に笑うので、永井もつられて笑う。歳を取ったら気を付けろと忠告されたので、最もだと思いながら永井は頷いた。

* * *

身体に湧いた小さな違和感がいよいよ大きく膨れ上がったのは退社後のことだった。昨日から身体の節々は痛みを訴えていたが、頭も重く熱っぽい気がする。週の初めからこんな状況ではマズいと判断し、ドリンクタイプの風邪薬と消化に良いものを買い込んで帰宅する。

「頼むから治って……」

薬の小瓶に手を合わせて拝み、封を切って飲み干す。苦味が舌に広がったが、味を感じるだけマシだと思うことにする。さらに熱が上がるようなことがあれば味覚さえ鈍くなるだろうから。

特段料理は得意ではない。レトルトのお粥を電子レンジで温め、皿に開ける。もちろんそれだけでは足りないので、特売で買った鶏のささみとキャベツを塩麹で浸けてラップで包み、電子レンジへ放り込んだ。

リサイクルショップで手に入れた中古品の電子レンジが唸る音を聞き、小さな回転テーブルが回るのを見つめて待ち惚けている自分は実に陳腐だ。しかし永井にとってはこれが当たり前の日常で、どんな場所より安堵の息をつける。

宮小路のくれるものは煌びやかで心動かされることも多いけれど、そこに永井の安息はない。ずっと胸は高鳴って、落ち着くことができないのだ。

風邪で弱っている所為もあるかもしれない。しかし、永井は今、宮小路のことを思い出すのが少しだけ億劫だった。愛情深さが重いだなんていう贅沢なことを考えていた矢先に携帯電話が着信を告げる。

「誰だろう……」

仕事の電話かもしれないし、宮小路かもしれない。永井はすぐに応答する。しかし頭がちゃんと回っていなかったので、着信画面をよく確認していなかった。

「はい、永井です。」

『……。』

「もしもし?」

無言電話に内心やってしまったと息を潜める。そっと耳を離して着信画面を見ると相手は非通知だった。名乗るべきではなかったと手に汗を握っていると、相手は何も告げず、通話は切れてしまう。

盗られる物など何もないと、普段チェーンを付けていなかったが、重い足取りで玄関へ向かって取り付ける。不安は増して、電気代節約のために開け放っていたベランダの窓も閉めて鍵を掛けた。気が進まないながらエアコンを付ける。天井の低いボロアパートの二階など、健康な成人なら上るのは容易だ。

声で男だとバレたはずだから、襲われるようなことはないだろうと思ったが、それでも怖いものは怖い。電子レンジのけたたましい催促音でようやく温め終わったことに気付いたくらいだ。ここ最近の自分の中では一番動揺していた。

落ち着かない気分で駆け込むようにご飯を胃に押し込む。嫌な興奮を少しでも和らげたかったし、日中汗を沢山かいたのでシャワーを浴びた。寒気が襲ってこなかったことに少しホッとして、落ち着きを取り戻した心臓の音を聞きながら布団へ横になる。

「眠い……」

薬が効いてきたらしい。小さかった睡魔の波が大きな奔流となって押し寄せてきて、永井は逆らわずに目を瞑る。電話のことは少しばかり気掛かりだったが、薬の作用に負け、永井は夢も見ず、朝までぐっすりと眠った。








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