せっせと永井の髪に手櫛を通してドライヤーを当てる。すでに艶やかな彼の髪にオイルを塗りたくるのは品がない気がしてやめることにした。固い櫛の切っ先を頭皮に当てることすら憚られて、すっぽり抱き寄せて面倒をみる。
真新しいバスローブは永井のために誂たものだ。永井の瑞々しい肌を包むバスローブになることができたら、と宮小路の妄想に果てはない。実際問題、宮小路のバスローブを永井に着せると大き過ぎて動き回るのに支障が出る。そして永井専用のものが自宅にあるという事実が宮小路にこの上ない優越感を与えるのだった。
甲斐甲斐しく世話を焼いて、相手の機嫌を取って、尽くすことに生きがいすら感じる。まさに極上の時間だ。恋人がいるからこその醍醐味に頬もだらしなく緩む。思う存分我儘を言って甘えてほしいが、永井は実に慎ましい。揶揄った宮小路に紛糾したっていいくらいなのに、突然泣いたことが居た堪れないのか気に病んで縮こまっている。開き直っていたのは手当てを要求してきた最初だけだ。
サラサラに仕上がった艶髪を手と目で愛でながら、少しばかり拗ねている永井を宥め、再びベッドへ誘う。
宮小路が幸福感を噛み締めている横で、永井は居心地が悪そうにそっぽを向いた。しかし羞恥心で機嫌を損ねている永井を後目に、次はどんな手であやそうかと考えるだけで楽しい。
拗ねるというのは気を許している証だ。自分たちは一歩前へ進んだのだと、宮小路は浮かれている。持ち前の前向き思考は健在だ。
「永井さん。そんな隅の方にいたら、落ちますよ。」
シャワーを浴び、シーツを変え、部屋を包む空気は爽やかな朝そのものだ。しかし永井の身体は警戒心に満ちている。一度泣かせた後だから信用を失ったのだろう。
「悪戯しませんから。ね?」
嘘に決まっていると不審そうな眼差しを向けてくる。彼が口を開かないのは、昨夜可愛く囀っていた所為で声を潰してしまったからだ。最初は反論を試みていた永井だったが、宮小路の強引さに今のところ折れっぱなしである。
麗しい赤みを帯びた唇は抗議を奏でることはなく、渋々近付いてきて、宮小路と身体一つ距離を置いて蹲った。
ぽっかり空いている二人の間を宮小路はあっという間に詰め、躊躇うことなく腕の中へ引きずり込む。
「ッ……」
「こっちの方がしっくりくるでしょう?」
永井の顔を覗き込むと、ツンと尖った唇が否を告げている。その一方で永井の頬は上気し、満更でもなさそうなのだ。統率の取れていないリアクションは精一杯で愛おしい。永井の可愛さを世界中に吹聴して周りたい気分だが、一族の恥だと鎌田から葬り去られても困るので自粛した。
ガラスケースに閉じ込めておけたら苦労しないのだが、生憎永井は人間だ。そんな人道に反することを実行に移すわけにはいかない。永井が小さな金魚なら、毎日新鮮な水と栄養価の高い餌を与え、鉢や藻の手入れに自分は精を出すだろう。囲っておきたいという危ない欲求が芽を出し始めたので、深呼吸をして押し留めた。
「永井さん」
返事はなかったが、腕の中で永井が身じろぎ、控えめに見上げてくる。
「永井さんをお連れしたいデートスポットが決まりましたよ。」
「……。」
「メゾン・マリィの仕事が一区切りついたら、是非行きましょう。」
紅潮した頬とは裏腹に、戸惑うように目が伏せられる。
「デート……」
「大丈夫。二人きりになれるところへお連れしますよ。」
宮小路の言葉に顔を上げた永井へ微笑む。目立つ男二人で出歩くのは、宮小路とて本望ではない。永井が好奇の目に晒されることになったら、それこそ自分は耐えられないだろう。
「二人きりで憩えるところなら、ご一緒いただけますか?」
「ッ……。」
ふわふわと永井の目が泳ぐ。視線が着地した先はシーツの上だ。そして永井は俯いたまま、肯定の代わりに宮小路のバスローブを掴み、身を委ねてきた。
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朝霧とおる