怯えさせることは本望ではないのに、我ながら必死さに笑える。けれど憂いで翳った瞳を見て、居ても立っても居られなくなったのだ。
難しいことは何もない。ただならぬ男の影を感じて嫉妬と庇護欲に駆られただけ。永井が強く出てこないことをいいことに、自分の城へ連れ帰る。
エレベーターに乗り、鍵をかざしたところで永井の顔を窺い目を合わせると、彼の瞳が困惑に揺れる。
「永井さん、あなたをうんと甘やかしたいだけです。私が怖いですか?」
「……。」
押し黙り目を伏せる永井の顔が、宮小路の言動を訝しんでいることを物語っている。どうやら未だ信頼は勝ち取れていないようだ。己の態度を振り返る限り誠実に接しているつもりだが、受け止める永井にそう思ってもらえないのは残念だ。
先に部屋の中へ入るよう促すと、永井は呆気にとられたように立ち止まる。入るどころか後退り始めたので、逃げられないように背後から捕えて中へ押し込んだ。
「ご自宅……です、か?」
「私の家ですよ。」
「……玄関と我が家が、同じくらいです。」
呟くように告げてきて、彼の喉仏が唾を嚥下して動いた。狭い部屋で慎ましく暮らす彼も悪くはないけれど、広く真っ白なシーツの上に艶やかな四肢を投げ出す姿は思い出すだけで滾るものがある。抱き締めたい衝動を堪えて肩をそっと押すと、身の置き場に困った様子を見せつつどうにかリビングのある方へ歩き出してくれた。
永井の腰に手を当ててエスコートすると、彼の身体が強張る。仕草が肉食獣を前にした小動物のようで、吸い寄せられるように宮小路は彼の頬へ口付けた。さらに縮こまってしまった彼が可哀想で愛しく、宮小路は永井の手を取る。
「これはお返ししておきましょう。もう金輪際、こんな意地悪はしないと誓います。」
「……。」
細い滑らかな掌に小箱を置くと、永井が見上げてくる。その目は本当にこれで終わりなのかと疑うような眼差しだ。
「永井さんに、どうにか好きになってもらいたくて必死ですから、本当にしませんよ。」
半ば強引にソファへ座らせると、永井の眼差しは手の中の小箱だけに注がれる。
「クリストキントの置き物ですね。」
「え……」
「勝手に開けてしまったことをお詫びします。けれどどなたの忘れ物かわからなかったものですから、開けさせていただきました。ドイツのニュルンベルクでクリストキントを選ぶ祭典もありますね。」
「お詳しいんですね。憧れてはいるのですが、私は行ったことがないので……。」
「クリスマスマーケットに何度か足を運びましたから。」
「そうでしたか。」
本当は記憶の片隅から掘り起こすことは叶わず、ガイドブックから拾ってきた知識だ。クリスマスシーズに訪れたのはフランクフルトだけで、ニュルンベルクは未踏の地だった。
「いつか行ってみたいです。」
「私にその夢を叶えさせてはいただけませんか。」
きっとこういう所が自分の欠点なのだろうと思う。金にものをいわせて、与え過ぎてしまうから、均衡もあったものじゃなく、歯車が狂ってしまう。しかしわかっていても、何とか惚れた相手の気を惹きたくて、安易な手段に打って出ることを繰り返す。これは完全に悪癖だ。
「宮小路さんにそこまで良くしていただく理由がありません。」
「ありますよ。あなたに喜んでほしい。」
「私は……自分の夢は、自分で叶えたい。」
きっぱりと言い切り顔を上げた永井に強い意志を感じて、内心苦い気持ちをおぼえる。施しているつもりはないが、そう受け止められたら彼のプライドを傷付けるものだろう。
今まで付き合ってきた紛い物の恋人とは違う。永井が宮小路につけ入る気がないことは明らかで、その真面目さと誠実さに改めて心を掴まれた。
「どうしたら永井さんを射止めることができるのでしょう。私のどこがご不満ですか?」
「私が……宮小路さんに相応しくないんです……」
自分の価値を過小評価し過ぎだと声を大にして説得したいところだが、言葉にはせず、隣りで身体を小さくしている永井を抱き締める。自分と同じ香りがすることに満足して首筋を食んで痕を付けた。
「私にこういう事をされるのは嫌ですか?」
腕の中へ閉じ込めても、突っ撥ねてくる気配はない。それに気を良くして頭部を抱え込んで口付ける。すると縋るように永井が宮小路のシャツを掴んだ。
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朝霧とおる