宮小路の提案は至ってシンプルだったが、優しく甘いからこそ、永井にとって都合が良過ぎて現実味がない。永井は遠い記憶を呼び起こして、複雑な気持ちで宮小路の話に耳を傾けていた。
「私は唯一無二の恋人として永井さんとお付き合いがしたいだけですよ。」
相性も悪くないでしょう、と微笑んでくるので、自分たちに身体の関係があるのだと強く意識させられる。
ずっと避けてきた人の温もりを、本心では欲していたのだろうか。この男に慰められ、幸せな夢に一瞬でも救われたのかもしれない。憶えていないことが歯痒く、どんな風に求めてしまったのか、考えるだけで恐ろしい。
狭く未熟な世界で芽生えてしまった恋心に苦しみ、封印したのは過去の話。傷は深く、生きているうちに癒える日がくるのかと、今でも時折息をするのがつらくなる。
「……お付き合い、できません。」
「なぜ?」
宮小路は元々男性にしか興味がないこと、永井に一目惚れだったことを明かしてくれた。その上で永井を事務所へ引き込むことをまだ諦めていないという本心も教えてくれる。
公私混同はしないと重ねて言われ、昨夜の記憶がないことを隠し続けることが心苦しくなった永井は、勇気を振り絞って事実を告げる。
「本当に酔っていて……憶えて、いなくて……」
宮小路に軽蔑されることも覚悟したが、彼は永井の心中をよそに、楽しげに微笑むだけだ。まるでそんな事はとっくに気付いていたと言わんばかりの顔だった。
「ではもう一度確かめましょう?」
「え……?」
「今日は永井さんも私も酔っていませんから、いかがでしょう。」
いかがでしょう、と問われ、試すだけならいいかもしれないと頷きそうになった自分に言葉をなくす。自分なりに強く交際を断ったつもりでいたのに、言いくるめられてその気になってしまうこの意志の弱さはなんだろう。
「永井さんは私のことがお嫌いですか?」
「そ、そんな事は……」
「ええ。永井さんの顔には満更でもないって書いてあります。」
「ッ……」
「酔っていたって、嫌っている人に身を委ねたりしませんよ。警戒心の強い永井さんなら尚更です。」
宮小路の言う事はもっともだ。知り合って間もないのに痛いところを突かれている。人見知りの本性も、この男にはバレているのだろう。
「それとも、誰か心に想う方でもいらっしゃるのですか?」
昇華できていない過去の記憶を言い当てられた気がして、永井は血の気が引く。繕えば済んだはずなのに、できなかった。
「永井さんを困らせる人なんて、私が忘れさせて差し上げます。」
急に立ち上がった宮小路に腕を掴まれて、そのまま店の外まで連れ出される。
「み、宮小路さん、お会計が!」
「さっき永井さんが席を立たれた時に済ませましたよ。」
穏やかな声音だったが、目は笑っていなかった。何が彼の逆鱗に触れたのかがわからなくて、戸惑いながら彼の手に引かれたままついていく。
すれ違う通行人の関心を誘ってしまうと悟ったのか、すぐに手は離してくれたが、見慣れた景色を通り過ぎ、彼の事務所に辿り着くまで、宮小路は一言も口を開かなかった。今までの態度と明らかに違うので、永井は困り果てる。ようやく発してくれた言葉は丁寧だったが、永井に有無を言わせない強さがあった。
「永井さん、乗ってください。」
街灯に照らされて黒光りするのは宮小路の車だ。助手席に座るよう促され、身を縮めて収まる。エンジンの掛かった車はすぐに走り出した。
「私なら絶対、永井さんにあんな顔はさせません。」
宮小路が何かしらの使命感に燃えている様子を察知して、永井は黙り込む。真っ直ぐで潔いこの男に、自分の澱み歪んだ過去を知られたくない。
流れていく景色へ向かって必死に問いかける。どうやったら打ち明けずに逃げ切れるだろうか。そんな事ばかりを考えて過ごす車中の時間は、永井を息苦しく暗い気持ちにさせた。
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朝霧とおる